久保田

 困ったように笑う守屋に梅沢も笑う。丁度そのタイミングでノックの音がして扉を開ければ久保田が入ってきた。

「あの二人には部屋で待機してるように言った、二人一緒にいるそうだ。これからの方針も少し考えなければいけないな」

「すみません先生、私の軽率な態度がこんなことに」

「いや、あれは君を責めることではない。あの騒ぎがなくても我々を取り調べの対象としていたようだし。ああいう性格なのだろう、深くは気にしないことだ」

 久保田とはあまり交流がなくお堅いイメージだったが、こうして話してみると冷静でとても真面目な人なのだなという印象だ。悪くなってしまっていた空気がほんの少し和らぐ。

「ひとまずいつ解放されるか分からないからご家族には連絡を入れておきなさい。三日間の滞在予定だったからさすがにそれまでにはどうにかなると思うが」

「それは少し待ってもらいたいですね」

 久保田の言葉に口を挟んだのは控えていた警察官だった。

「まだ捜査段階です。なんらかの事件に巻き込まれている最中だ、などと口にしていい段階ではありません。ご家族への連絡は警察から行いますので、家族はもちろん友人などにこのことを連絡するのはやめてください。もしそれができなかったと分かった場合は電話など全て没収させていただきます」

「……腑に落ちない事ではありますがわかりました。しかしあまり理不尽な内容ばかりこちらに押し付けられると、こちらも出来る限りの対応をさせていただきます。一方的弾圧的な拘束や取り調べは、法的効力はないことをお忘れなく」

「もちろんわかっていますよ。ご協力をお願いしますと言っているだけなので、それに従う義務はありません。ただしその場合先程のような面倒なことになったら自分たちでご対応お願いします。何が公務執行妨害になるのかよく調べておいてから行動してください」

「ご忠告どうも。弁護士の友人がいるのでそれは全く問題ありません」

 ピリピリとしたやりとりに三人は黙って見守る。こういう対応や経験値はやはり久保田の方が上だ。法律のことも自分たちはそれほど詳しくない。ハッタリなのか本当なのかわからないがもし本当に弁護士の友人がいるのなら心強い。

「では今指示があったように身近の人たちへの連絡は控えておこう。態度がどうであれここは警察の指示に従うべきだ。もちろん何か理不尽なことが起きたら私が対応するからいつでも言いなさい」

「先生マジイケメン」

「教師として、社会人として、できる限りのことをするのは当然だ。私は君たちを無事に家に帰す責任もあるからな」

「今度から比較文化論めっちゃ頑張ります」

「今まで頑張ってなかったのか」

 梅沢と久保田のやりとりに守屋がクスクスと小さな声で笑った。穏やかな雰囲気にはなったが、これだけは確認しておかなければいけないと香本が口火を切った。

「久保田先生、警察や旅館の人から何を聞いているのか伺ってもいいですか。木村先生が亡くなっているということ以外何もわからないのですが」

「そうだな。私もあまり詳しくは聞いていないのだが、共有をしておこう」

「坂本たちには」

「彼らにはもう話してきた。それぐらいたいした内容はないということだ」

 久保田が話したのはこんな内容だった。

 木村は自分の部屋の中で血まみれで死んでいた。発見したのは仲居だった。早朝通りかかった時ほんの少し扉が開いていたらしい。旅館といっても扉は内開きでオートロックだ。普通は扉を開けて手を離せば扉は重みで最後まで勝手に閉まる。しかし古い建物なので建付けが悪くあの部屋はきちんと最後まで閉めないと自動では扉が閉まらないということだった。そのため扉が閉まりきらないまま風呂にでも行ったのだろうかと思い、扉を閉めようとしたのだが扉の目の前まで血が飛び散っており、不審に思って中に入り遺体を発見した。

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