一人ぼっちの文学少女が孤独を埋めてくれる相手を見つけた話

ジョク・カノサ

零下

 桜丘高校文芸部、部員数三名、内二名は幽霊部員。顧問の教師は適当で活動と言えるようなものは無い。


 放課後、季節を問わず窓際から差し込む光の強さと色が変わるまで、私はページを捲る。


「……」


 この部室にはいつも、私だけが居る。




 ☆




「──蓮見先輩、好きです! 俺と付き合って下さい!」


「……」


「あれ、やっぱり聞こえてない? 蓮──」


「うるさい」


 読んでいた本に栞を挟んで閉じる。多分、今の私は不快感に歪んだ表情をしているのだろう。


「ああ良かった、聞こえてたんですね。すみません、読書の邪魔をしてしまって」


 机の横で私の名前を呼び続け、挙げ句の果てに告白のような文言まで語り出した男子生徒が軽く頭を下げた。背丈は私と同じくらい。


「……誰?」


「一年の日宮小暮です!」


「何で私の名前を知ってるの?」


「部活の先輩から聞きました!」


「そう」


 知りたかった事は聞いた。読書を再開するべく本を開く。


「あれ、返事はまだ貰えない感じですか?」


「ノーに決まってるでしょ? 今名前を知ったばかりの男子生徒と私が、何故付き合わなければいけないの?」


「一目惚れです! この前図書室で先輩を見かけて、凄く素敵な人だなあって思ったんです!」


 頭が痛くなりそうだった。向こうの身勝手な理屈を語れと言ったつもりは無い。


「……日陰でずっと本を読んでいるような女なら、年上でも簡単に付き合えるとでも思ったの? それとも罰ゲームか何か?」


「え、いや──」


「どちらにせよ私はあなたを知らないし、あなたが私を知っている筈も無い。そんな関係下で好きだなんだと言われても不愉快なだけ」


「……」


 返事は無い。遠慮の無い実直な物言いにたじろいでいるのか、あるいは気が弱くて御し易そうな女とでも思われていたのだろうか。


 どちらにせよこれ以上の言葉は必要無い。しばらく、ページを捲る音だけが響く。


「……わかりました」


 彼はいくらか気落ちしたような声でそう言った。扉の開閉音が響き足音が遠のいていくのを確認した後、小さく息を吐く。


「……?」


 ふと横にある机を見るとそこには一冊の文庫本が置いてあった。彼が来る前には無かったものだ。


「ああ」


 そもそも彼は無駄に元気な挨拶と共にいきなり部室に入って来て、読書中の私に構わず何事かを口にしていた。それがさっきまでの話。


 そしてその文言の中で彼は自分のお気に入りの本というのを語っていた……気がする。だとすれば文庫本これはそのお気に入りの本であり、わざわざそれを持ってきた挙句に忘れていった、という事になる。


「今から追いかけるのも面倒。明日にでも自分から取りに来る。……それにしても、浅ましい」


 思慮に欠けた直情的なタイプ。読書を好む人種には見えなかった。大方家族か友人の持ち物でも引っ張り出してきたのだろう。自分も読書を好んでいると適当にアピールすれば食いついてくると。


「……森田英雄」


 ただ、それにしてはその文庫本の著者名は意外なものだった。私自身名前は知っているが実際に作品を読んだことは無く、世間的にもあまり有名とは言えない。


 本のタイトルは暮れ。夕暮れ時を表現したのであろう独特な表紙に何となく興味が湧く。


「……」


 私は、今まで読んでいた手元の本に栞を挟んだ。

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