ギャルゲー世界に転生したので、結婚バグで攻略不可能な負けヒロインを今度こそ全力で幸せにしようと思う。誰にも心を許さない学園のアイドルを、壁抜けバグと埋蔵金チートで惚れさせます。

黒絵耀

第1章:花糸香澄ルート

第1話 ゲーム世界への転生

「結婚してください」


 差し出しされた指輪を前に、花糸香澄は驚きに息を呑んだ。

 もう何度目かもわからない告白だというのに、彼女は嫌な顔ひとつしなかった。

 けれど困ったように苦笑いを浮かべ、お決まりのセリフを口にする。


「ううん、これはもらえない。もっと大事な人に……ね」

「クソがっ!!」


 俺はコントローラーを力任せに叩きつけた。

 最近何度も何度も台パンしているせいか、ゲームがフリーズしやすくなっているが構いやしない。


 香澄ちゃんと俺は、結婚ができない。

 なぜなら、バグ・・があるからだ。


 その名は結婚バグ。

 文字通り、結婚が出来ないバグだ。


「なーにが攻略不可能ヒロインじゃい! てめーの身体を攻略不可能にしてやろうか! そんなに攻略させたくないのがお望みならよぉ、2度とヒロインを攻略できないようにしてやるよ!」


 悪いのは、告白を断る香澄ちゃんではない。

 こんなクソみたいな仕様・・を搭載したゲームが悪い。


「……いかん。一旦落ち着こう」


 スマホを見ると、48時間ぶっ続けでゲームをしていたことに気づく。

 ストレスで頭がおかしくなっている。

 大学の友人から、今日は講義に出ないのかという連絡も来ているが、無視だ無視。


「コンビニでも行くか……」


 気分転換も兼ねて、ドアを開け、外に出た。

 風に当たりながら、最愛の香澄ちゃんとのなれ初めを振り返る。


 俺には好きなゲームがある。

 《Shade Tears》というタイトルの「オープンワールド学園恋愛アドベンチャー」だ。


 内容は、高校2年生の主人公が、何もしないまま学生生活を終えることに焦り、今年こそ彼女を作ろうと、一念発起する内容である。


 主人公は様々な女の子と出会い、交流を通じて仲良くなっていき、告白が成功すれば恋人になれる。

 アイドルや、不愛想だけど心優しい後輩、外国から留学してきたお姫様などなど……。


 だが、恋人になって「めでたし、めでたし」じゃない。

 むしろそこからがこのゲームの本番だ。


 恋人同士になってからデートをしたり、絆を深めるイベントをクリアすれば結婚も出来るし、子供を産んで家庭を持つことが可能だ。

 とはいえ女の子と恋仲になるのが、必ずしもこのゲームの正解ではない。


 恋人を一切作らずに友情ルートを選んだり、不良をまとめあげて格闘王になったり、ずっと農作業をしてたり、はたまた異能力を手に入れて世界征服を企む闇の組織と超能力バトルを繰り広げたり、ヒロイン全員との10股を楽しむことだって可能だ。

 そんな奥深さに強く心を惹かれた俺は、寝食を忘れ、大学の講義そっちのけでゲームにのめり込んだ。


 そして俺は、運命の出会いを果たした。


 彼女の名は花糸香澄。高校2年生、17歳。

 勉強もスポーツも万能。

 面倒見も良く、男女問わず人気があり、教師からも一目置かれていて。

 学園のアイドルとして絶対的な地位を得ている。


 だが、彼女には裏の顔があって。

 口調も乱暴で、不良やナンパしてくる奴らをぼこぼこにしていたり。

 その表と裏の顔のギャップがすさまじくて。


 —―そんな彼女に、俺は生まれて初めて恋をした。


 公式サイトのキャラクター人気投票では、10人のメインヒロインたちが票を集めていたが、そんなものは眼中にない。

 俺が嫁にしたい相手は花糸香澄、ただ一人だった。


 だが、香澄ちゃんと俺は、結婚ができない。

 好感度をMAXにして、何度も告白を繰り返したけど。


「ねえ。私たち……友達でしょ? これからも友達でいようよ」

「そういうのは本当に大事な人に言ってあげて」


 彼女はなぜかテンプレートな断り文句しか返さない。


 さすがに不審に思った俺は、ネットの海を渡り歩き、星の数のような攻略サイトを渡り歩いた。

 だが、彼女をヒロインに出来たという情報はどこにもなかった。


 見つけたのは。

 花糸香澄は、結婚バグで攻略ができない、という記述。


 結婚バグと言っても、実際のバグではなく、ゲーム上の”仕様・・”である。

 早い話が、ギャルゲーにおける攻略不可能のサブヒロインということ。

 そういった仕様は、愛と怒りと悲しみを込めて、結婚バグと呼ばれている。

 

 —―仕様。


 ……全くもって性質の悪い言葉だ。

 けれどそれくらいで諦めたらゲーマー根性が廃る。

 むしろ障害があるほど、俺の恋は燃え上がった。


 香澄ちゃんを攻略するために、模索の日々が始まった。

 メインヒロイン全員のエンディングを見たり、逆に全員から嫌われたり、10股してみたり……彼女を攻略するために、ありとあらゆる手を尽くして。

 

 そんなふうに考えつく可能性を片っ端から潰していったが、俺は結局たどりつくことは出来なかった。

 彼女との幸せな未来を、見つけられなかった。


 俺の恋した相手は、非攻略対象のヒロイン。

 つまり、ただのサブキャラ。

 サブキャラとは、絶対に結ばれることはない。


 ……いかん、弱気になるな。


 早いとこコンビニで買い物を済ませて、香澄ちゃん攻略を再開する。

 そう思って横断歩道を渡った、そのとき。


 けたたましいクラクションの音。

 タイヤの擦れる音。

 ブレーキ音に振り返ったとき。


 俺の身体は、宙に浮かび上がっていた。


「あ……?」


 ものすごい勢いで身体が路面に叩きつけられた。

 運転手が慌てたように車から飛び出してくる。


 ぼんやりと滲む視界。

 身動きの取れない身体。

 一面に広がる血の海。


 周囲の人々が何事かを叫んでいるけれど、俺の頭には何も入ってこない。

 自分の身体より……香澄ちゃんを幸せに出来ないことが悔しくて。


「かすみ……ちゃん……お、れと……けっ、こん……」


 世界が、闇に閉ざされた。


 

 ◇



「きて……おきて…………」


 暗闇の中、誰かが俺を呼ぶ声がする。

 どうやら身体を揺さぶられているらしい。

 

 分かってる。

 どうせ俺の母親が起こしに来たのだろう。


 でもあいにく、こっちは眠い。猛烈に眠い。

 朝までゲームしてるんだから、簡単に起きれたら苦労しない。

 誰よりも睡眠が必要なことを理解してほしい。


「ほら、月城くん。起きてください」

「うっせえな。このクソBBA」

「まあっ、ババアだなんて……こらっ、何てことを言うんですか!」

「BBAはBBAだろ」


 無視してもいいが、このまま起きなかったら、「勉強しろ」だの「就活はどうするの」だの耳元でねちねちねちと面倒な小言を言ってくる。


「ほら月城くんってば。いいから起きてください。早くしないと日が暮れちゃいますよ」

「はいはい。わかったよ、いま起きるから」


 しょうがない。……癪に障るが、起きるか。


 重い瞼をこすりながら、身体を起こす。

 眠気で、ぼやけていた視界が徐々にはっきりとしていって—―


「なっ!?」


 俺の目に飛び込んできたものに、驚きの声を上げた。

 俺が母親だと思っていた人物は—―


「は、花糸香澄……さん!?」


 これは夢か?

 いや、夢にしては色々とリアルだ。

 香澄ちゃんの息遣いをそばに感じるし、めっちゃ良い匂いするし。


 ……一体何のシャンプー使ってるんだろう。

 俺もそのシャンプー、飲みたい……じゃなくって!


「ご、ごめん! 俺、寝ぼけてて! てっきりうちの母親が起こしに来たのかと勘違いして!」

「私のことはいいんです。それよりも月城くん、お家ではお母さんをババアって呼んでるんですか?」

「えっ……そ、それは」

「もう、ダメですよ。そんなひどいこと言ったらお母さん、悲しみますよ」

「は、はい……ごめんなさい」

「ふふふ、お母さんのこと、大切にしてあげてくださいね」


 香澄ちゃんは太陽のように温かな笑みを浮かべる。

 やっぱりこれ、夢とか幻じゃなくて。

 どうみても現実だよな……。


 花糸香澄はゲームのキャラクター、そのはずだ。

 それがなぜか目の前にいるだなんて……。


「あ、あの……なんで花糸さんがここに?」


 それとなく周囲を見回す。

 たくさんの長机の横に、イスが並んでいる。奥の方に厨房と、食器の返却口がある。

 どうやらここは食堂……それもゲーム内で舞台になっている高校の食堂だ。


 放課後だからか、利用している生徒は誰もいない。

 俺と香澄ちゃんのふたりきりだ。


「なんでって、それは月城くんが宿題をやってないからですよ」

「え?」


 進路調査……そうか、思い出した!

 たしか『Shade Tears』の物語序盤も、そういう始まり方だった。

 進路調査表をいつまでたっても提出しない主人公を見かねて、クラス委員長の花糸が催促してきたんだ。そんな流れだった。

 事実、そんな俺の考えを裏づけるように、机の上に、白紙の進路調査表が置かれているではないか。


 —―マジかよ、なんてこった!


 ここは間違いなく『Shade Tears』の世界で。

 プロローグに俺は立ち会っているのか。


 まさかゲーム世界に転生してしまったのか、俺は!?

 何が原因だ?


 いや、心当たりはある。

 寝食も忘れ、2日以上もぶっ続けでゲームに打ち込んだせいか、注意力がおろそかになって車に轢かれてしまったような記憶がある。


 ほんと、人生いろいろあるな。

 といっても、俺の人生終わってしまったんだけど。


 ……いや、違う。

 これは新たな始まりだ。


「もうっ、まだ寝ぼけてるんですか。ほら、早く進路調査表出してください」

「あ……ご、ごめん」

「提出期限くらい守ってください。先生に怒られるのは私なんですからね」

「悪い……」

「ほら、私が手伝ってあげますから早く書いちゃいましょう」


 机に突っ伏す俺を見て、香澄ちゃんは困ったように微笑む。

 なんだかんだと、俺なんかのために親身になってくれる優しいところ……好きだ。


「月城くんは将来何かしたいことはありますか?」

「進路とかって言われてもなぁ……いまいちわからないんだよな」

「その気持ちはわかります。まだ学生の私たちに、将来何かやりたいことってあるんですかって聞かれても困っちゃいますよね」


 うんうん、と香澄ちゃんは頷いている。


「まあいますぐ将来を決めないといけないって訳でもないですし、とにかく今は空欄を埋めちゃいましょう。些細なことでもいいので、何かありませんか?」

「それなら……あるぞ」

「何ですか?」

「高校卒業までに彼女が出来ますように…………な、なーんて。ダメだよな。馬鹿げてるよな?」

「あらあら」


 一瞬、香澄ちゃんは呆気に取られたような顔になったけれど、


「いいですね。きっとあなたに合う人がいると思います。頑張ってくださいね!」


 ぱぁっと花開くように笑みに、どくんと胸が高鳴った。

 馬鹿にしているのではない。

 俺に幸せが訪れることを、心から望んでいるような笑顔。


「でもさすがにそれは書けないから、他のにしてくださいね」


 ああ、やっぱり好きだ。

 俺は、どうしようもなく香澄ちゃんの笑顔に惹かれている。

 あまりの眩しさに、息をすることも忘れてしまう。


 ここまでゲームのプロローグ通りの進行だ。

 この後主人公は、今年こそ彼女を作るぞ! と奮起し、それを香澄ちゃんに応援される形で幕を閉じる。


 当然、香澄ちゃんとの関係は進展しない。

 彼女はただのサブヒロインで。

 役目といえばメインヒロインの友達ポジションだから。


 ……この先、香澄ちゃんは幸せになれない。


 なぜなら彼女は、主人公がメインヒロインと結婚式を迎えたとき、ひとり涙を押し殺している。主人公への想いを打ち明けることなく、そっと身を引くのだ。


 なぜ香澄ちゃんが、主人公の告白を受け入れなかったのか。

 俺にも分からない。

 ゲーム内でも香澄ちゃんの涙の意味は明かされないからだ。


 俺は、悲しむ香澄ちゃんを見たくない。

 だから俺は、君との結婚を誓ったんだ。


「香澄ちゃん」

「え?」


 その困惑した表情は、俺にいきなり手を握られたことによるものか、それとも名前を呼ばれたことに対するものか。

 どちらかわからない。そんなものはどうでもいい。


 俺はじっと香澄ちゃんを見つめる。

 たとえ香澄ちゃんのルートが用意されてなくても。


 俺は幸せな香澄ちゃんを見たい。

 香澄ちゃんの笑顔を守りたい。


 香澄ちゃんが笑って明日を迎えられない世界なんて間違っている。

 そんなもの、この俺が絶対認めない。ぶっ壊してやる。


 だから—―


「結婚しよう」

「…………はい?」

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