3—3
ただひたすらに怖かった。
俺は修にぃに抱きかかえられて、白蛇神社の拝殿の前……賽銭箱の奥に寝かせられた。
夜だったから、参拝客はほとんどいなかったけど、そんなところに置かれた俺を不思議そうに見ていた大人たちの目は今でも覚えている。
最初は修にぃに捨てられたのかと思って怖かった。
「う、わ……わぁっ」
でも、それからすぐに蛇が……
白い蛇が数匹、スルスルと俺の体の下に入り込んできて、俺は蛇に乗って拝殿の奥へ連れていかれた。
それは、今考えれば俺に害をなすようなものではなかったのかもしれないが、黒蛇神社で人面蛇を見ていた俺は、蛇が気持ち悪くてたまらなくて、そこまでしか覚えていない。
蛇に乗って、連れていかれた拝殿の奥に、一体なにがあったかまでは————……多分蛇に運ばれながら気を失っていたんだと思う。
そして、夢を見た。
長い夢だった。
神社の前にお姉さんが立っていた。
長い黒髪の綺麗な人。
白地に黒で蛇の柄の着物を着ていて、俺の方を見て笑った。
あの日、俺にここから先へは行くなと言ったお姉さんと、似ている感じがして、俺はそのお姉さんに近づいた。
あのお姉さんなら、もしかしたら俺を助けてくれるような気がして————
でも、ニィィっと嗤った。
よく見たら、体は蛇のようになっていて、顔も、裂けたような大きな口で……俺の首を締めた。
大きくて長い、蛇の体でぐるぐると俺に巻きついて、ぎゅうぎゅうと締めつけられて……
怖くて、苦しくて、涙が出た。
「天罰、天罰、あの子が望むなら、天罰。悪い子。悪い子。悪い子には罰を……」
そんなようなことを言っていた。
そして、俺が夢から覚めた時には、二日経っていて……
自分の家の布団の上だった。
何があったのか聞いても、両親も修にぃも、誰も教えてくれなかった。
「蛇は祓ったから、もう大丈夫だ」
としか、言われなくて、祓ったって意味がわからなかった。
大丈夫ってどういうことなのか、あの黒蛇神社で人面蛇に襲われた他の三人がどうなったのかもわからない。
夏休みが終わって、学校へ行った時には、他の三人も笑っていた博之も学校にはいなくて……
両親には転校したって聞かされたけど、他のクラスメイトたちが話しているのを偶然聞いてしまった。
「博之くんが、三人を呪い殺したらしいよ……」
「博之くんの席に、蛇の死体が入ってたもんね」
「あれはきっと呪いの儀式だよ」
「あの三人、博之くんをいじめてたもんね」
「北山くんは? 北山くんもよく一緒にいたよね?」
「どうして助かったんだろうね、北山くんもいじめてたのにね」
「ちがうよ、北山くんはね、いじめてないんだよきっと。だから助かった」
「怖いね」
「恐いね」
「こわいね」
当時の俺には、博之をいじめてる自覚はなく、多分、他の三人もそうだったと思う。
いじめってやつは、いじめている方はそのことに気づかないことが多い。
俺たちにとってはイジりだった、ささいなことも、博之にとっては嫌なことだったんだ。
そのことは今でも反省している。
思い返してみれば、始まりは多分、些細なことだった。
博之は将来警察官になるんだって言っていて、曲がったことが嫌いで、頑固なところがあった。
そういうので自分たちの行動を注意されて、間違ってるって否定されたのが気に食わなくて、よくペアになったり、グループを作る時はいつも博之がハブられてた。
そんなのが積み重なって、このくらいならしてもいい、博之にならこんなことをしてもいい……って、だんだんエスカレートして言ったんだと思う。
あの時、腹を抱えて笑っていた博之の顔は、きっと俺たちが博之に向けてきたものと一緒だった。
他の三人が、あの夜、死体で発見されていたことを俺が知ったのは、それから二ヶ月後のことだ。
◆ ◆ ◆
「————それからは、蛇が怖かった。逃げ出すのが遅ければ、俺も死んでいた。運良く助かって、俺は今こうして生きている」
北山は、昔のことを一つ一つ思い出しながら、友野たちに話した。
だから蛇を見るとあんなにも恐れていたのかと、東は納得する。
「自覚がなかったにしても、いじめは悪いことだ。呪われても、恨まれても仕方がないだろう。でも、それで殺されるのは、間違っていると思う————……」
「どうしてでござるか? 悪いことなのに。悪いことをしたら、罰を受けるのは当然で……」
「悪いことをしたら、罰を受けるのは当然だ。それは間違いじゃない。ただしその罰が間違っているって話だ。人は誰でも間違いを犯す。悪いことをしてしまう時がある。そういうのを反省させるための罰だ。死んでしまったら、反省してやり直すことができない。その先の未来がなくなってしまう。少なくとも、お嬢ちゃんが俺にしたみたいに、ちょっと盗み聞きした程度で殺されるってのはおかしいだろう……」
「むぅう、そうでござるな……確かに」
やっと少女も、崇拝している黒蛇様の罰が重すぎるという違和感に気づいたようだ。
「悪いことをしてる人間を見つけたら、黒蛇様じゃなくて、俺たち警察に言うんだ。それが難しかったら、大人でいい。神様じゃなくて、父さんでも母さんでも、学校の先生でも、誰でもいい。嬢ちゃんはまだ小学生なんだから、大人を頼れ」
東にそう言われて、少女は納得したのか頷いた。
「とりあえずわかったでござる。それで、先生、この刑事さんについてるジンメンヘビはどうしたらいいでござるか?」
「うーん、同じように拝殿の前に行けばいいのかも……でも、それだけで蛇が来るかな? 刑事さん……えーと、北山刑事を拝殿の前に運ぶように言った人と連絡取れたりします?」
北山は首を横に振った。
従兄弟の修はすでに他界していて、当時のことはわからない。
神主にも話を聞いたが、当時はまだこの神主ではなかった。
前の神主からも、そんな話は聞いたことがないようだ。
だが、やっと落ち着いた北山が、じっと友野の顔を見て、一つ思い出した。
「そういえば、そのおばさん、君に似ていた気がするよ————」
「え? 俺に?」
「そうだ、さっきからどこかで会ったことがあるような気がしてて……きっと、そのおばさんだ」
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