第三章 化身

3—1


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 友野に諭されて、状況を理解した少女はすぐに黒蛇様にお願いして東の足に絡みついた蛇を取ってもらおうとしたが、何も起こらなかった。

 東には自分の足に蛇がいるなんて全く見えないし、何も感じてはいなかったが、少女が泣きながら必死に謝っていて……


「一瞬だけ、見えるようにしますね」


 友野が何やら呪文のようなものを唱えると、本当に足に黒い蛇が絡みついているのが見えて、そこでやっと納得した。

 オカルトの類は信じたことがなかったが、相棒の北山が恐れていた様子を思い出し、わかってやれなかったことを後悔する。


「俺が、この蛇に殺されるかもしれない……ということはわかった。で、お嬢ちゃん、君の名前は? もう直ぐ暗くなる、とりあえず君は家に帰らないと————」


 東は流石に小学生の少女を連れ回すわけにはいかないだろうとそう言ったのだが、少女は泣きながら大きく首を左右に振り、帰るのはいやだと拒否。

 この状況でも名前は教えてはくれないようで、ぎゅっと友野の手を握って言った。


「拙者が黒蛇様に頼んだせいで何も悪いくない刑事さんに罰が下るかもしれないのに、このまま帰れるわけがないでござる! それに、お主……————いや、先生!」

「せ、先生!?」


 少女は友野を先生と言い出し、さきほどまで申し訳なさそうに泣いていたのが一変、またキラキラとした瞳にもどり、友野をじっと見上げる。


「先生は、ジンメンヘビも見えるし、カミツキとやらの不思議なことも知っているのでござろう!? 拙者はもっと知りたいのでござる。拙者に何が起きているのか……拙者に見えるものが一体何なのか! 教えて欲しいでござる! この刑事さんを助けるところを、見たいでござる!」

「いや、助けるって……まだ方法もよくわかってないのに、そんな————」


 先生と慕ってくれているのは少し嬉しかったが、友野はジンメンヘビの対処の仕方がまだわからない。

 自分の知っている方法を色々試してみたが、東に絡みついている蛇は消えないのだ。


「助けるって……おい、お前は————えーと、名前は何と言ったか?」

「と、友野です」

「友野か。友野、この足に絡みついてる蛇が人面蛇ってやつなのか?」

「ええ、この子の話だとそうなりますね。頭が人間っぽいし……人面蛇は黒蛇様の使いだと————」

「黒蛇様……か。白蛇様じゃなくて……」


 東は少し考え込んでから、友野に提案した。


「ここで話しているだけじゃ解決しないだろう。白蛇神社に行くぞ。俺の相棒が——……おそらく何か知っている」




 * * *



 友野たちが白蛇神社へ戻ると、社務所の奥の部屋で、東の相棒である北山が真っ青な顔をして縮こまっていた。

 ガタイのいい男が、震える手でチビチビと巫女のバイトの子が出してくれた小さな湯のみを持って……

 神主が気を使って、部屋にあった蛇の絵や置物は見えないようにしてくれたおかげで、やっと少し落ち着いてきたようではあるが、東にとっては見たことのない姿だった。


「北山、お前、さっき言ってたよな? って……って」

「あ、あぁ……そうだ」

「よっぽど怖い目にあったんだな……お前がそんな風になっちまうなんて————……思い出したくないことかもしれないが、話してくれないか?」


 北山は、東がそういう類の話を信じないのを知っていたため驚き、東の方を見る。


「東、お前……どうしたんだ? こういう話、信じてなかっただろう? 占いだって、信じなかったのに————」


 数々の現場を共にした。

 幽霊が出たなんて噂があるアパートやトンネルが事件現場だったことだって……

 怖いのを必死に隠していた自分とは違い、まったく関心のなかった東の口から、そんな言葉がでるなんて北山は思ってもいなかった。


「俺は今、取り憑かれているんだ。その人面蛇ってやつに————」







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