2—3
「くそ……! どこ行った、あいつら……」
立ち入り禁止の札を超えたあたりで、東は三人を見失った。
強い風が葉を揺らし、反射的に目を閉じたのが悪かったのか、東の視界から三人は消えてしまったようだ。
林の中には文字通り木々が生い茂っていて、道という道があるわけではない。
————カランカラン……
とりあえず、奥へ進んでみると鈴の音が聞こえてきた。
音の聞こえた方へ進むと、今にも崩れ落ちそうな古い建物の裏側に出る。
「じゃぁ、あのジンメンヘビが見えたりするでござるか!?」
そうして聞こえてきたのは、少女の声だった。
「……ジンメンヘビ?」
そしてもう一人、男の声も……
ジンメンヘビ————それが、つい先ほど相棒の口から出た聞きなれない言葉と同じものであることに気がついた東は、足音を立てないようにそっとこの古い建物の影から様子を伺う。
ピンクのランドセルを背負った少女と、高校生————それもおそらく先ほど追いかけた三人のうちの一人が、古い建物を背に石段に並んで座り、おかしな話をしている。
少女は興奮気味になんども話しながら立ち上がってみたり、大きく手を動かしたりして、とても楽しそうにその奇奇怪怪な現象について語った。
「近所に住んでるいつも怒鳴っている悪い詐欺師のおじさんに罰を与えてくれと頼んだから、今朝河原で死んでいたとニュースになっていた!」
刑事である東には、それが今朝、自分が現場に立ち会った詐欺と恐喝で犯罪歴のある戸川のことを言っているのではないかと思えてならない。
さらに他にも、この連続殺人の前の二件も、少女が言っていることと一致するところが多く、作り話では片付けられないような内容ばかり……
もしかしたら、今自分が調べている蛇によるかもしれない殺人事件は、三件だけで済まされないのではないかという考えが、頭をよぎる。
「みんなみんな、黒蛇様がジンメンヘビに命令して、天罰を与えるのでござる! これはとってもすごいことなのでござる!! この本に書いてあるどの呪文よりも、どんな呪いよりも、簡単に黒蛇様が倒してくれる。悪い人を倒してくれる。これはとってもとってもすごいことでござる!」
少女が語ったそれは、とても危険な話だ。
もし本当に全てが事実であれば、この少女が少しでも悪いと思った人間には天罰が下るということ。
それも、すべて蛇が起こしているなら、警察としては不慮の事故として処理されるだろう。
だが、そこにまだ幼いとはいえ、人が関わっているのなら、不慮の事故として扱って本当にいいのだろうか……?
この少女のいう、このおかしな話が本当だとしたら、少女は願うだけで簡単に人を殺すことができてしまう……
それはとても、危険なものではないのか……
幽霊やオカルトなんて信じていなかった東が、そんな風に考えてしまうほど、少女の話はとても不思議であったが嘘をついているようには見えなかった。
しかし、相手が犯罪者とはいえ、簡単に人の命を奪っていいはずがない……
それをわかっていない、少女の純粋で、無邪気な姿に東は恐怖と怒りを覚える。
誰もこの少女に、それがおかしなことであると、教える大人が周りにいないのかと————
□ □ □
「……神憑き?」
「カミツキ? とは、いったい何のことでござるか?」
少女は、突然友野が驚いた表情でそう言い出したため、意味がわからず首をかしげる。
神憑きは、神に選ばれた信心深く純粋な心を持つ人物に稀に起こる現象だ。
少女は、偶然見つけた人面蛇を追ってこの黒蛇神社に来て、願ったことが叶ってから、毎日信心深く拝みに来ている。
だが、黒蛇神社はどう考えても、良いご利益のある神がいる場所とは思えない。
鳥居も拝殿もボロボロで、管理する人間のいない廃神社だ。
近くにあるあの白蛇神社とは全く違う、もはや誰も存在すら知られていない場所。
早く何とかしなければ、この少女の純粋な心が本人の知らない間に蝕まれてしまう。
友野がどう対応すべきか悩んでいると、その時拝殿の方から携帯の着信音が鳴った。
「な、何やつでござるか!!?」
友野が立ち上がり振り返ると、拝殿の後ろから、人を何人か殺したんじゃないかというくらい、怖い顔をしたスーツの男が現れる。
少女は、その顔がとても恐ろしくてサッと友野の後ろに隠れ、制服のシャツをぎゅっと掴んだ。
「何やつ……かは、こっちが聞きたいくらいだ。お嬢ちゃん、今の話、本当なのか?」
怖い顔の男は、懐に手を入れながら二人に近づいてくる。
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