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 ♢ ♢ ♢


「まだなんの手がかりも見つからないのか?」

「はい、失踪届けが出されている二十代前半の女性と照合して調べてはいますが、なかなか……」

「早く見つけて、犯人を捕まえないと……お前も知ってるだろう? あのほとりの森公園近くの地主たちが騒ぎ立ててるんだ。ただでさえ、最近じゃあ心霊スポットとかで迷惑な若者が集まっていたっていうのに、殺人事件まで……」


 ほとりの森公園は、市民の憩いの場として作られた森林公園。

 だが誰が最初に流したのか、ここ数年、心霊スポットとして有名になってしまい、動画の撮影に訪れる若者が後をたたない。

 周辺住民たちは深夜に訪れる若者たちの行動に迷惑しているところだった。

 それに加えて、テレビでも有名な霊媒師が番組で訪れた上、実際にこうして池で身元不明の遺体が……

 殺人事件の現場となり、風評被害も出ている。


 事件の担当刑事たちは、なんの手がかりも掴めずにいる。

 せめて、被害者の身元がわかればそこから被疑者を割り出せるかもしれないが、失踪届けの出ている二十代前半の女性は多いし、その中にいるとも限らない。


「あいつに頼むか……? いや、でもこちらから頼むのも……刑事デカとしての俺のプライドが————」


 あずま警部補は悩んでいた。

 本当はこういう時に頼りになる人物に心当たりがある。

 だが、その人物を警察官として、堂々と頼りにすることは躊躇われる。

 こちらから捜査のために依頼をしたことが、あの超真面目な署長に知られてしまっては大変だ。


「しかし、こうもなんの手がかりがないのであれば、呼ぶしかないのではないだろうか……せめて、被害者の身元につながるヒントさえあれば………」

「とりあえず、もう一度現場を見に行ってみますか? こうして、ただ考えているだけではなんにもなりませんし」

「そうだな。見落としてる何かがあるかもしれない……」


 東警部補は相棒である南川みなみかわ刑事を連れて、ほとりの森公園へ向かった。

 まさかそこに、その頼りにするべきか悩んでいた相手がいるとは知らずに。



 ♢ ♢ ♢



 ほとりの森公園の奥には、大きな池がある。

 池の手前には人工的に作られた道があり、整備されているが、林に近い奥側には手前ほど立派な道は作られてはいなかった。

 第三の目撃者が空から降る鼠を見た公衆トイレは、その池からは少し離れたところにあった。

 二年ほど前に建て替えられたばかりの綺麗なトイレだった。


「初めて来ましたけど、立派なトイレですね。綺麗すぎて、幽霊なんて出そうもありません……」


 怪奇現象を目撃したトイレということで、もっと古びている建物を想像していた渚は、がっくりと肩を落としてそう言った。


「あのねぇ、ナギちゃん。なんのためにここに来たと思ってるの? それに、そんなに堂々と男子トイレに入ってこないでくれるかな? 外で待っててよ」

「大丈夫ですよ。どうせ昼間は誰も来ませんし、誰にも見られませんから」


 渚の言う通り、こんなに天気がいいというのにほとりの森公園には人がいなかった。

 普通であれば、遊具はもちろん、ジョギングや散歩ができるような綺麗に整備されたコースだってある。

 こんなに立派な広い公園だというのに、人っ子一人見当たらない。

 ホームレスのおじさんもいないし、トイレまでたどり着くまでの間、どこかの飼い猫が通り過ぎて行ったのを一匹見ただけだった。


「それより、先生、どうですか? 何かあります?」


 友野はトイレの中と外をくまなく見渡したが、やはり最初のアパートと同様の赤い染みが見えるようで、首を縦に振る。


「確かに、ドアの前……それと、いくつかこのトイレの屋根にも当たったんだろうね……あとが残ってる」


 友野が指差した箇所を見ても、渚にも隼人にも何かがあるようには見えなかった。

 屋根にも、地面も普通だ。

 強いて言えば、地面は人が通る箇所は踏み潰されるため、少し凹んでいるように見える程度。


「雨が降ったら、この辺りに水たまりができるだろうね。 赤い染みはこの辺りに集中している」


 トイレの周りを一周して見ると、他にもいくつか水が溜まりそうな場所はあるが、赤い染みが見えたのはこの男子トイレの出入り口の付近だけだった。

 二件目のスーパーの駐車場も確認したが、同じような赤い染みは残っていた。

 車と目撃者本人に会いに行くのは明日になるが、おそらく車にもその痕跡は残っているだろう。


「それより気になるのは、池のことなんだけど……」


 友野はトイレから出ると、池がある方向を指差した。


「向こう側だよね? ここからじゃまだちょっと遠くて見えないけど、池があるのって……」

「ええ、もう少し奥に行ったところです」


 何度かこの公園を利用したことがあるという隼人が頷きながらそう言うと、友野は目を細め、眉間にシワを寄せる。


「やっぱり、そんな空気が漂ってる。悪い空気だ。向こう側だけ色が違う」


 綺麗な公園の奥深く。

 友野にはそこが、心霊スポットとして有名な理由が一目でわかった。


「おそらく、池の近くで、何人もの人や動物が亡くなっているよ。それも、かなり昔から……」



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