第24話

起きたら、僕の隣で鮎貝とネムが抱き合って寝ていた。母と娘……姉妹………。とにかく、微笑ましい光景だった。

僕は、二人にシーツをかけると部屋を静かに出た。久しぶりにタワーの外に出る。とても静かで、町全体に落ち着いた雰囲気が漂っていた。


夜の散歩中、以前はなかった新しい店がいくつも開店していることに気づいた。

道路もちゃんと掃除されていて、ゴミの悪臭もしない。


「全然、違うな………」


ここが、あの劣悪な最下層地区だと誰が想像できるだろう。


昼間の活気が、容易に想像出来た。警備責任者のハルミが僕との約束を守っていることが分かり、嬉しくなった。これだけで、フロアマスターになった甲斐がある。


「あら、目を覚ましたのね。おはよう、坊や」


閉店した骨董屋の前で、地べたに座り、酒を飲みながら僕を手招きしている闇商人。彼の側には、僕のことを今も無表情で見つめている生物兵器? の少女がいた。


「その呼び方やめてくださいよ……。僕の名前は、前田 正義です。これからは、名前でお願いします」


「へぇーー、そうなの。じゃあ、次からは正ちゃんって呼ぶわね。こっちで一緒に飲みましょ! 正ちゃん」


「いっ、や……」


「拒否したら、殺すわよ」


「………そっちには行きますが、酒は飲みません」


闇商人の隣に座る。初めは、太っているだけだと思っていた体つきが、実は筋肉だと分かった。ヨーロッパの貴族が着るようなタキシードが必死に内側の圧に耐えている。ボタンが、弾け飛びそうだ。


「正ちゃんは、どうして私達を呼んだの? 戦う相手もいないようだけど。暇だわ、せっかく来たのに」


「あ……すみません。用もないのに召喚して………。あのカードを使って、命懸けの勝負をする日が必ず来ると。それだけは、なぜか分かるんです。だから、今のうちに召喚できるカードをなるべく増やしたくて………。今は、その実験期間と言うか……。すみません」


緑色のサングラスから覗く細い目は、優しい口調とは違い、刺すような鋭さがあった。嘘は、すぐに見抜かれるだろう。


「正ちゃんの考えは分かったわ。私達は、協力するから大丈夫よ~。ちなみにあのカードなんだけど、あれは元々、前のマスターの物なのよ。誰が、どういう理由であなたに送ったのか分からないけど」


「前の…マスター? それって誰なんですか?」


「今から八年前ーーー。最上階に君臨する彼に勝負を挑んで、あと一歩まで追い込んだけど結局、敗れて死んだバカな女がいたのよ。その女が、あのカードの前の所有者。でも、最初で最後だったなぁ。あの悪魔をあそこまで苦しめたのは」


「最上階…………このカードを使っても勝てない?……そんな化け物にどうやって勝つ? ……どう考えても無理だ」


「ねぇねぇ~、カードを全部見せてくれないかしら?」


「あっ、はい! どうぞ、どうぞ………。はぁ………いつになったら、元の生活に戻れるんだ? なんで……はぁ…………。こんな世界に転生しちゃったんだろう………………はぁ………。もしかして………悪い夢? ………………違うか……ちくしょう…」


突然、ヒヒヒヒと気持ちの悪い笑い声が聞こえ、思わずビクッと体が震えた。


「もしかしたら、あなた勝てるかもね。このカードを召喚出来たらの話だけど」


バンバから、一枚のカードを手渡された。そのカードには、何も描かれていない。でも確かに他のカードとは何かが違う……。不気味な力を感じた。


「勝負をする時、カードがなぜか一枚足りないの。どんなに探しても見つからない。でも不思議なことに勝負が終わり、改めて数え直すとたしかに枚数分ある。……次の勝負でも、同じことが起きた。次も、次も、次も………何度も何度も。神出鬼没。それがこの『何もない』カード。王に挑んだ時、彼女が勝てなかったのは、このカードがなかったから。でもね、彼女。死ぬ間際、笑っていたわ。自分は、カードに遊ばれていただけだって」


「……………このカードを召喚したら、いったい何が起こるんですか?」


僕の質問が聞こえなかったかのように立ち上がると、闇商人は生物兵器ララの手を引き、静かにこの場を去った。


去り際、きっとそれは僕に放った言葉ではないだろう。でも、確かに。


『奇跡』って、そう聞こえたーーーー

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