第53話 薬草記念日

「主様、この方々はもしや位の高い神へと直に仕える神官なのでしょうか」

「うん? まあ、黒き仔山羊にはそういう一面も確かにあるね。何処かおかしい?」

「オカシイと言うより異常ですね。お話を聞く限り生まれてさほど経っていないにも関わらず、既にSR最高峰の実力をお持ちです。私ではまず勝てないでしょう」

「マジで!?」


 これが黒き仔山羊を連れて家に帰宅した僕に対するアウルムの言葉だった。

 SRの最高峰の神秘値って、確かデーモンPLのキャラクリ種族選択を参考に判断するなら500神秘はある事になるぞ。戦闘力極振りのドラゴンや鬼なんかと並ぶ脳筋ビルドでようやく到達できるライン。


 黒き仔山羊ってデーモンPLに倒されたって報告もチラホラあったし強さには期待してなかったんだけどな。

 ああいや、そういえば箱庭で暴れ回る黒き仔山羊の場合は眷属化の際の魔素不足で全身に激痛が走ってる半崩壊状態だったな。魔素の過剰吸収で腐り落ちたリンゴの枝みたいな感じになってんのに一部のデーモンPLにしか打倒できてないって相当な実力がある事の証明か。なる程。一夜に1000匹も産み落とされた大量粗造の劣化量産品だとしても確かに上位URの子供だし、それくらいの強さでもおかしくはないのか。


 え、でもだとすると、SR黒き仔山羊の売却値段って幾らだ?

 SRデーモンは最底辺の値段でも2千魔素って掲示板で言ってたけど、最高峰の実力と盲目の種族特性があるんなら1万魔素近くでも購入する人はいるでしょ。それが500魔素の捨て値で売られた挙げ句、在庫処分を仕切れずに破綻した訳なのか。無知って怖いな。うん。僕も気を付けないと。


「それで、正気度喪失は大丈夫そう? 家にいる元人間のデーモンでも頭がおかしくなって発狂したりしないかな」

「むしろ一目見ただけで精神に不調が起こる危険な案件に率先して主様が飛び込んだ事の方が私的には問題なのですが……。お話を伺ったSAN値チェックとは神の啓示を受けてトランス状態に陥る事を意味しているのでしょう。か弱い人間では確かに精神的に持たないパターンもあり得ますね。デーモンならば精神的外傷だろうと魔素による自動修復がある程度はされますし、神秘値が高ければ状態異常に耐性がつくので惑わされる可能性も減るでしょう。危うい場合には気付け薬を処方します。昔からトランス状態に導く薬草は広く活用されてきましたので、対処法は心得ております」

「おおっ、頼もしい」


 あ、でもトランス状態に導く薬草ってつまり大麻とかの麻薬系薬物の事だよね。それは禁じるべきかなぁ。箱庭が麻薬に汚染されるのは避けたい。

 でも古代のシャーマニズム文化じゃ神との一体化、神秘体験を得られる神聖な草だと大切に育てられていたんだよね。麻薬が厳格に禁じられるようになったのは近代に入ってから。科学的に抽出されて意図的に効果を強くした物が流通して廃人を大量に生み出してからの話になる。


 ガチで神々が実在するデーモン界隈で祭祀的能力を向上させ得る霊草を前世の忌避感で問答無用に禁じるのは果たして正しいのか。

 でも、麻薬は一度でも服用したらアウトだって有名だしなぁ。こればかりは試してみて大丈夫か判断するって方法は取れないし。いや、クトゥルフデーモンの召喚とかクスリ以上の禁忌だけどさ。フィクションフィルターが挟まってたせいで、そこまで抵抗感がなかった。


 …………。実は、ニンフである僕ならおそらく麻薬の大量生成も口にしたら出来る。調合もラミアの薬師であるアウルムがいるから出来る。そんで蛇娘も大量にいるから量産すら可能。そうやって作り出した薬物を地球にショップ経由でばらまいたら金儲けと信者の獲得が楽に出来そうなんだよな。

 危険な事は現地の貧困ミュータントがやるだろう。クスリの密売は儲かる。彼らが人間社会での居場所を裏社会に求めるだろう事は容易く想像できるし、何なら襲撃で失われる事の無い麻薬畑を経営する僕は感謝すらされるかもしれない。デーモン陣営の立場から見たら、人間社会への攻撃と勢力拡大の両方が倫理感を無視するだけで可能な効率の良い一手なんだ。


 うん。魔法少女との敵対不可避だしミュータント傭兵や鈴原に見限られるだろうし、ないな。

 何よりそんな事をして信仰を集めたら邪神化してしまいそうだ。被害は箱庭で保護したエルフ達にすら及ぶだろう。少なくとも今は選択肢にすら値しない。


「えっと、言うまでもないかもしれないけど手持ちの薬草の管理は厳重にね。過度な興奮作用や多幸感をもたらすクスリの所持は僕の前世じゃ死罪の国もあったんだ。魔法少女との付き合いも考えると危険な薬物の大規模な取り扱いは問題になるかもしれなくってさ」

「そうなのですか。そろそろRマンドレイクの大規模繁殖を提案するつもりだったのですが」

「あ」


 そうだ。忘れてたけど、マンドレイクって幻覚・幻聴をもたらす神経毒を根に持つ毒草じゃん。不老長寿の薬は間違いなく人類に破格の値段で売れるだろうし繁殖させたいんだよな。うぐぐっ。

 人類の不老不死への渇望は凄いから見逃す手はない。不老不死の薬の原材料として有名な水銀は時の権力者に愛飲されてた逸話を持つんだけど、現代の視点で見ると毒を摂取するようなものなんだ。実際、水銀の中毒死が死因の権力者は多い。身体の不調は本人にも分かってたろうに、それでも死ぬまで愛用を続けたんだから恐れ入る。


 でもデーモン国家の錬金術師ならガチで不老不死の薬を作成可能なんだよね。そういう猛毒から有用な成分と逸話だけを抽出して魔法薬の作成を出来るんだろうなぁ。半端な科学知識で古くさいデマだと魔法文明を否定するのはマズい。地球はインベーダーやデーモンとは比べようがない程の後進国なんだ。前世の科学知識による優位性はPLにはない。


「それにラミアの生態毒を加工処理するだけでは薬の作成に支障が出てしまいますので薬師としては箱庭内に薬草園を新たに設けたいのです。厚かましくはありますが、お願いできませんでしょうか」


 不安そうな顔をするアウルムを見て思い違いをしていたと僕は自省した。

 怪我が目に見えて治る魔法ポーションや地球では治療法が見付かっていない難病すら治癒可能な万能薬など、SRラミア一族の薬師であるアウルムなら材料と器具さえ揃えれば作成できる可能性が高い。まだまだ僕はアウルムを本当の意味では活躍させてあげられてないんだ。デーモン国家への買い出しや交渉も大事だけどさ。資金難で遠慮して要望を言い出せなかっただろうアウルムに危険な薬効があるから薬草の取り扱いには気を付けろなんて僕は何を言ってるんだ。プロに素人が知ったような口を聞いて馬鹿じゃないの。


 うん。アウルムの意見を聞きながら箱庭内に薬に利用可能な地球の植物を可能な限り取り入れ、デーモン国家からも有用な物を買い付ける。

 それで危険性や依存性の高い代物はアウルムに任せて他の人は手出しをしないよう注意する。これが僕が取るべき本来の態度だ。


「ごめん。何か勘違いしてた。前世の僕は大国の庶民に過ぎなくてさ。危険な事には関わらない。手出しをしない。そうすれば他の誰かが上手くやってくれるって思考が染み付いちゃってるんだ。食用だけじゃなく地球には有用な植物が大量にあるし躊躇わずにドンドン輸入すべきだった。実は何がデーモンに危険で、何が危険じゃないのか。そういう判断すらも曖昧なんだ。これからも傍で助言してくれると嬉しい」


 そう言って軽く頭を下げるとアウルムがいえと黄金の尻尾を丸めた。

 これは照れてる時の仕草だな。それくらいは分かるようになった。


「思わず懇願してしまいましたが箱庭では主が絶対。その判断が正しいか間違ってるかなど些細な話。思うようになさいませ。主様こそが世界の規範なのです」


 僕の前に道はない僕の後ろに道は出来る。

 人生を謳ったとある詩人の言葉だ。それを思い出した。

 この世界で僕は自由なんだね。怖いくらいに。


「ただ」


 続く言葉に顔を見上げると、はにかんだアウルムが頬を染めて恥ずかしそうに告げた。


「どんな形であれ末永く傍に置いて頂けると嬉しく存じます」

「ん、ありがとね」


 多分、薬草に言及した事でアウルムが不安そうにしていたのは薬師としての職業倫理によるものが理由ではなく、自分の存在価値が消えるようで恐ろしくなったんだろう。その不安が僕の言葉で解消されたからこそ、今の言葉だったんだ。


 末永く傍にいさせて欲しい。

 うん。何かプロポーズの言葉に聞こえる。たぶん気のせいじゃないな。


「good communication!」

「HAHAHA Ia!Ia! HAHAHA」


 おい、そこの羊。五月蠅いよ。

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