魔法少女大乱Online
八虚空
ちょっと未来
第??話 ニンフ的広報活動
アフリカ大陸。
地球の陸地面積の20パーセント以上を占める広大な大陸であり地理学的には世界を六つの州に区分した六大州の一つである。
赤道を挟んで南北双方に広い面積を持っているため多様な気候領域があり、亜熱帯に属する地域には熱帯地域で水分を奪われた乾燥した風が吹きつけている。また海から遠い内陸部である事も重なり国土のおよそ三分の一が砂漠化して荒れ果てていた。
この砂漠化した場所はサハラ砂漠と言い、アフリカ大陸の文化を南北で分断する地理的要因となっている。
現在ではこの砂漠による文化の境界によって分かたれたサハラ砂漠の南側を、サブサハラアフリカと呼称している程だ。
そのサブサハラアフリカの西部。サハラ砂漠の南縁部サヘル地帯。
植物が生える限界ラインである半乾燥地帯に彼は立っていた。
ミュータント傭兵というハンドルネームで一部の界隈に広く知られている彼、マイン・J・ブロンド。
彫りの深い顔立ちに白い肌、青い目の20代後半だと思われる西洋人の青年。長年の傭兵経験の賜物か鋭い目付きと油断のない立ち振る舞いが研がれた刃物を連想させる、人から生まれた突然変異の怪物ミュータントの一人である。
周りには多くの黒色人種ネグロイドがいて彼の一挙手一投足を注視している。
まるで古くから付き合いのある隣人であるかのようにネグロイド達は一塊の集団としてそこに集まっているが、歴史を紐解けば互いに不倶戴天の天敵だと言い切れる程に殺し合いを繰り返してきた血塗られた間柄であった。その彼らが、インベーダーと先進国の植民地政策によってサハラ交易を潰され貧困に追いやられ分断された彼らが、元凶である国家の白色人種の青年を偉大なる指導者として揃って仰いでいるのだ。
「来たか」
ポツリとこぼしたマイン・J・ブロンドの言葉通り、サヘル地帯に大きな暗闇が突如として出現し始めていた。
先の見通せない光を吸い込む無の領域の先には人の理解の及ばない化生が蔓延っている。その事実を、人類に刻まれた長年の苦悩を表わしているかのように彼らの本能が警告を発して知らせてきた。呻く声と神に祈る声が微かに響き、現れた人影に即座にやんだ。
出現したのは3人の耳の尖った同族の少女と、下半身が蛇体の妙齢の美女であった。
彼女達が着ている衣服はカラフルなデザインをした西アフリカの現地衣装であり、ちょっとしたどよめきが当たりに広がった。
「サヘルにようこそ。君達も元気そうで何より……」
何の躊躇もなく半人半蛇の怪物の前に歩み出たマイン・J・ブロンドは笑顔で彼女達に話し掛け。
彼女達の後ろに現れた20メートルを超す木の巨人に顔を引き攣らせた。
「随分と頼もしそうなボディーガードだ」
「あ、はは」
「何かすみません」
恐縮する彼女達の様子を見て、以前とはまるで違う元気そうな様子にマイン・J・ブロンドはホッと安堵の溜息を吐いた。
確かに約束は守られていた。何の謀りもない純粋な好意が文面の向こうから透けて見えていたのは間違いではなかったのだ。
ならば。
次はこちらが約束を履行する番だろうと彼は心の中で決意した。
例えそれがデーモンとの繋がりを公表する事を意味するのだとしても彼に迷いはなかった。
◇◆◇◆
アフリカ大陸のサヘル地域は北側のサハラ砂漠と南側の熱帯林およびサバンナに挟まれた帯状の荒野地帯で年々砂漠化が進行しているアフリカ版の限界集落みたいな所だ。え、人なんかいないだろうって? それがいるんだよね。日本と違って緑が希少だから人自体は多い。昨今じゃ反政府勢力の武装集団の狩場と化してるけどさ。一部地域はミュータント傭兵の努力で治安が改善してるけど、まだまだ政情不安定な土地。
元々はサブサハラアフリカの北岸。サハラ砂漠を横断するサハラ交易を通じて繁栄した地域で古代王国が幾つも存在した長い歴史のある大国の領土だった。キャラバンによって塩や砂金、コーラの実や奴隷なんかの高額商品が運ばれ一世を風靡していたんだ。
でも砂金を取り尽くし、時代が下るに連れ奴隷貿易も禁止され、他に有用な交易路が開かれ、砂漠化が進行し、どんどんジリ貧になっていった。
トドメが西洋諸国によるアフリカ大陸の植民地化、所謂アフリカ分割だね。
現地の事情を考慮せず、先進国のパワーバランスに従って国境線が民族や宗教に関係なく定規で勝手に引かれたから後世にまで響く大問題に発展した訳。
アフリカには1500以上の民族集団があって、それぞれ固有の信仰と儀式がある。それを一緒くたにして上手く行く方がおかしいんだ。
でも国境線を引き直すには多大な血が流れるとアフリカ諸国はその国境線を受け入れ、国を纏めきれずに結局は血が流れ続けている。
そういう過去の負債が原因で経済発展が著しく難しく紛争や内乱が頻発している土地だ―――と、思われていた。
まさか、その裏でインベーダーの地球植民地化計画が発動していたなんてね。終わらない紛争地域を故意に作り上げる事で地球の団結を防ぎ、一大陸分のリソースを削ぎ、世界大戦や核戦争をわざと巻き起こさせて弱った所を支配しようと企んでたなんて普通予想できないでしょ。
当時の魔法少女はよくインベーダーの陰謀を阻止できたな。マジで。
まあ、宇宙人に踊らされていたとはいえ全ての問題を外患のせいにする事も出来ないけど。現在進行形で内乱の火種をばらまく売国奴が国内にいたわけだし。そういう内憂の方はミュータント傭兵が頑張って何とかしてる最中。そう。現地に来て分かったんだけど凄い事に何とかなりそうなんだよね。ミュータント傭兵を見る目が明らかに普通とは違うんだ。熱の籠もった言葉では言い表せない深い感情が渦巻いてるのが分かる。
やっぱり一度崩壊した国を建て直すような時代が動く時には英雄が必要なんだと思う。扇動者と言い換えても良い。
そういうイデオロギーを刺激するような人間が必要なんだよ。既存の体制全てを壊し尽くしてでも付いていきたいと思うような強力なカリスマを持つ人間がね。
でも、そんなミュータント傭兵にもどうしようもない事はある。
サヘル地帯の完全砂漠化だ。
こっちは地球の自然環境がそういう仕組みになっているのが原因だから解決するのは難しい。サハラ砂漠は数千年周期で拡大したり収縮したりするんだ。もっともサハラ砂漠が大きかった2万年前から1万2千年前にはサヘル地帯は全て砂漠に呑み込まれていた。これを完全に食い止めたいなら氷河期を任意に到来させる事が可能な程の環境操作技術が必要だろう。人が抗うには余りにも絶望的な相手だ。
だから、そう。
これを一部地域だけでも何とか出来たのなら、それは神の御業なんだよ。
「今ここに! 私、マイン・J・ブロンドの名においてサヘル地帯エストラ山地を女神サルマ・フィメルに捧げると誓おう!」
打ち合わせ通りにミュータント傭兵が衆目の前で宣言した事でここら一帯の土地は僕の物になった。
領土割譲とはまた意味が違う。日本の富士山が昔は信仰の対象となっていたようにエストラ山地は神の山だって事にして国を挙げて祭り上げて貰うつもりなんだ。豊穣神が住まう神秘的な山だってね。エストラ山地は富士山とは比べようもない程に低い普通の山なんだけどさ。特に何の資源も手に入らない土が多生盛り上がってるだけの普通の場所。
でも、それがまた都合が良いんだ。
僕は笑ってウッドゴーレムを一歩前へと前進させた。ズズンという地響きと周囲の人間が騒いでいる声が遠くから聞こえてくる。
「いった。座布団でも敷くんだったな」
乗り心地の悪さに顔をしかめて僕はウッドゴーレムの操作に集中した。
今いるのはウッドゴーレム内部にこしらえた操縦席だ。ここから植物操作と森林属性の精霊魔法を同時に駆使して周囲の様子を見聞きしている。
うん。良い感じに驚いてるね。このデカブツがここまで身軽に動くとは思わなかったでしょ。迫力満点だね。
「よし。このままウッドゴーレムをサハラ砂漠付近まで前進させよう。進路上にある土砂は削ってカード化するのも忘れずにっと」
◇◆◇◆
前へと突き進む緑の巨人が歩いた後に続々と芽生え急成長していく木々にマイン・J・ブロンドは事前に話を聞かされていたにも関わらず言葉を失った。
グレート・グリーン・ウォール計画。
20世紀後半、サヘル地域諸国は大規模な干魃に襲われ国土が疲弊し、更なる乾燥帯の拡大に伴い砂漠が南下する可能性を危惧した。
ただでさえアフリカは人口爆発の最中であり、40年間で2億人の人口が10億人にまで膨れ上がっている。サバクトビバッタの大量発生による蝗害による飢饉も合わせて発生しており、この地では一度干魃が起きる度に数百万人が死に数千万人が飢餓状態に陥るのだ。これ以上の食糧危機は見逃せないとアフリカ連合の主導によってサヘル地帯のアフリカ西岸のセネガルから東岸のシブチ沿岸部まで7000kmに渡る大規模な植林が開始された。
だが、10年に渡る活動で植林された割合は全体の15パーセントに過ぎず、土地の管理能力の低さ故に植林された80パーセントの木々が数ヶ月のうちに枯れてしまったという報告が上げられる等、問題点は多い。
この人間の手による自然環境改善プロジェクトを真似て信仰を集めたいから協力してくれというのが今回の趣旨である。
「彼女には敵わないな」
マイン・J・ブロンドはそう呟いて前へと進み続ける緑の巨人を見上げた。その背は余りにも大きく偉大だ。
今回、彼がやった事は衆目の前で女神に供物を捧げると誓ったに過ぎない。国内外にデーモンとの関係性を匂わせるリスクの高い行為ではあるが、所詮は偉そうに自分の物だと言い張った土地を譲り渡すと勝手に言い放っただけだ。彼にはそんな事がこれまでの、そしてこれから受け取る対価に釣り合うとは到底、思えなかった。
「嘘だろ。おい、見ろよ」
「ああ。これって」
ざわめく仲間の声にマイン・J・ブロンドは自嘲の笑みを消して顔を上げた。
うつむいてはならない。虚勢だろうと自信に満ちた態度を維持しなければ。それが上に立つ者の最低限の責務なのだから。
「ブロンドさん! これ、見て下さい!!」
笑顔で駆け寄ってきた小さな子供のミュータント、レラトに視線を向けて彼は首を傾げた。
とても見覚えのある物をレラトが持っていたからだ。
「これは……バナナか?」
「はい。バナナです!」
「バナナだ」
「何でバナナなんだ?」
「アイエエエ、バナナ!? バナナナンデ!?」
レラトの持つバナナを見て、周囲の樹木を見て、視線を戻したマイン・J・ブロンドはハッとして周囲の樹木を二度見した。
「まさか。この周囲に生えた樹木の全部がバナナの果樹なのか!?」
ピロンとメールの着信音が鳴り。
御礼は要らないよっと何処かで見たような文面が書き記されていた。
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