第22話 週刊世界の危機
ふふっと笑って僕は貧乏くじミュータントとのメールを終わらせた。一刻も早く手元から手放したかったのか、精液塗れの手紙がカード化されて最後の空メールに添付されて送られてきている。貴重な製造アイテムゲット。
ミュータントプレイヤーは突然変異の始祖、ラミア種族で例えると古代リュビアの女王の立場に位置するからデーモンプレイヤーより格上の素材アイテムになるんだよね。肉体由来の素材としては始まりの災厄ミュータント>一般怪物デーモン>人間の範疇に過ぎないインベーダーの順でレア度が高くなっていく。無料十連の初期アイテムでミュータントが一見不遇に見えるのはこういう点で優遇されてるからだってデーモン進化スレの有識者が語っていたし集めておいて損はない。
でも他人の精液を欲しがるとか本気でエロゲの女キャラになったみたいで抵抗があるな。流石に堂々と買い取りますってショップアカウントに掲載する気にはならない。
男アバターだったら逆に金の為だって割り切れたかもしれないけど、僕ってやっぱり見た目的には女よりだしなぁ。そんな文面を載せようものなら尻軽女にしか思われないだろう。これ以上のセクハラは勘弁。
「それじゃ改めて」
急なメールに一旦アイテムボックスに仕舞い直したモンスターカード、SRラミアを取り出す。
デーモン国家での販売価格はおよそ4千から6千魔素。神の心を揺り動かした先祖から受け継いだ美貌に薬師としての種族能力に広域を監視可能な特殊能力、寝ずの番を任せられる不眠性に他種のデーモンの子供でも変わらず愛する子煩悩さと全てを台無しにする呪いによる発狂。難儀な種族だけど人気は高い。下半身の蛇体がセクシーで発狂した時のヤンデレ具合が素晴らしいと一部のマニアに受けていてデーモンによっては相場の倍額で売れる事もあるのだとか。
しかも僕が今、持ってるのはデーモンプレイヤーに運営が配布した初期カード。
何でも内包魔素が透明だとかで眷属化に必要な魔素が0で済むらしい。SRデーモンの眷属化には膨大な魔素が必要だ。販売価格と合計すれば課金ガチャで手に入れたこのSRラミアのカードには1万魔素の価値はあるんだ。日本円で1000万円くらい。これが課金ガチャの外れ扱いとか狂ってると思う。前世の500円にどんな価値があったと言うんだ。
「リリース」
グルグルと思考が空回る頭と緊張に高鳴る心臓を抑えて僕はラミアを解放した。明確に僕より強いデーモン。眷属とはいえ女神の呪いによって完璧に制御できるかは不透明。色んな葛藤があるけど、解放しない手はない。たかがSRにビビって日和ってたら箱庭の主なんて続けていけないんだ。
「ぁ」
カードを主軸に緑色の光が立体となってラミアが具現化していく。
金色の髪に透き通る碧い瞳。白い肌に薄く金色の光沢を放ってる鱗。身長は高く身体はグラマラスで衣服越しにも豊満な胸が目立っている。むしろ申し訳程度に面積が狭い布が局部を覆っているせいで逆にエロく見えるな。上は白いビキニで下はパレオのようなスカート状のものが蛇体との繋がりを覆い隠している。
憂うようなアンニュイな表情で出現したラミアは僕と目が合うと驚いたような表情を浮かべて何度か目を瞬かせ、その後にっこりと艶やかな笑みを零した。
「主様。薬師ラミア、今ここに参上いたしました」
綺麗なカーテシーを決めるラミアに僕はうんと辿々しく答える事しか出来なかった。
◆◆◆◆
箱庭名:アールヴヘイム
支配者:サルマ・フィメル
文明レベル:0
文明タイプ:原始/精霊
箱庭人口:140人
経過年月:1月28日13時間
箱庭面積:10km2
魔素濃度:10055
蓄積神秘:112
保有戦力
N :4万2千
R :33
SR :1
SSR:0
UR :0
◆◆◆◆
「これが現状の箱庭。Nランクデーモンの9割以上が精霊種のスライム。今までは放っておくだけで倍々に増えていってたんだけど最近になってペースが落ちてきてるんだよね」
僕の箱庭初のSR種であるラミアに箱庭の案内をしながら3Dビジョンのステータス欄を見せて解説する。スライムが多すぎてスライム以外のNランクモンスター種族の数が分かりにくいけど、保有戦力のN欄を長押しすると種族別の割合が円グラフになって可視化されるから9割以上がスライムだって事は間違いない。増えてきてるはずのコボルトやゴブリンが細長い線でしか表現されないのを見ると+と++の有利特徴の格差は凄まじいって事が目に見えて分かるね。
うん。リリースしたばっかなんだけど箱庭の話を振った。
高位デーモンの彼女ならトレント以上にデーモン国家の事情に精通してるだろうし情報共有をしておいた方が良いと思って。僕はまだ初心者デーモンなんだから情報に詳しい助言者は多い程、助かるんだ。別に会話に困って仕事の話に逃げた訳じゃない。
「Nランクの中でも更に下層に位置する最下層デーモンのスライムですか。しかも主様の眷属属性」
「僕らは進化デーモンと呼んでるよ」
ペロっと舌を出して唇を舐めた後、髪を掻き上げながらラミアは発言の続きを口にした。
何でか妙に色っぽくて視線が吸い寄せられる。
「そうですね。おそらくは箱庭に必要とされる予定数を超えたので主様による繁殖ブーストの魔術効果が消えたのではないでしょうか」
「え? 僕はそんな真似した覚えはないよ?」
「箱庭の支配者が無意識に行う代謝のようなものですから。魔素濃度が枯渇した際に少しでも補填しようと行われる時間遡行の大魔術と同じく、止めようと思って止められるような類いのものではありません」
魔素枯渇時に行われる時間遡行の大魔術?
何か知らなかった重要情報がポンポン出てくるな。情報面でもRとSRには格差があるのかも。
「詳しくお願い」
「はい」
箱庭を構成する環境は全て魔素によって成り立っている。いや次元の狭間に存在する物全ては魔素で出来てると言った方が正しい。
故に魔素が箱庭から枯渇していくと箱庭内の物全てが魔素へ変換されて崩壊していってしまう。そんな事態を防ぐ為に箱庭の支配者は無意識のうちに余分な所から魔素を補填しようとするらしい。それで真っ先に削られる余分な要素が眷属化による命令権の付与なんだそうだ。世界崩壊と比べれば部下が反逆するかもしれない方がマシだって訳だね。
でも、時間遡行で配下の眷属化を行わなかった事にして魔素を確保するのは配下のレア度が余程に高くないと割に合わない。最低でもSSRが大勢いないと時間遡行に必要な魔素の方が多いのだとか。本末転倒じゃ?
その無理がある魔素補填の大魔術の対価として僕の箱庭でいう太陽結晶に値する物や土地が次々と凄い速さで消費されて削られていってしまう。コレが魔素枯渇による箱庭崩壊の正しいプロセスらしい。
「へぇ。確かに土地の内包魔素を考えたら数千の魔素が枯渇したくらいで箱庭が崩壊するのは変じゃないかとは思ってたんだ。あの太陽結晶。少なくとも数十万魔素はあるよね?」
「おそらく桁が一つ違いますね」
「ん? 数万じゃないよね。あの太陽を人工的に作るには数百万魔素はいるの!?」
なる程。デーモン国家が箱庭の作成を一大事業と言う訳だ。箱庭の面積も10km2なんて狭い国土じゃないだろうしね。
盗んだデーモンを執拗に追うのも、それを承認したデーモン国家と戦争になるのも当然だ。現金で考えたら最低10億円以上の横領……ん? 前世の日本でもそのレベルの横領事件なら前例があったような気がするな。しかも事件の首謀者が海外に逃亡して最後まで捕まらなかったような。いや気のせいだな。そんな事があったら普通、大問題に発展するだろうし、なぁなぁで済ませる訳がない。うんうん。首謀者が海外で芸能人化して人気者になってても国際摩擦が起こらないとか、そんな弱腰な国あるわけないやろー。
「つまり時間遡行の大魔術はそこまで燃費が悪いのか」
「いえそういう訳では。術者が時間遡行の魔術を使用するに足る器ではないにも関わらず発動させる事が可能な術式であるという点が大きいのです」
「へえ、なる程ね。一定以上の神秘の持ち主が箱庭の主じゃないと色々と問題ってわけか」
何かSSRでさえ箱庭の王を自称するには力不足だって言ってるかのようだな。SR級のプレイヤーが箱庭を持つのは相当特殊な状況なのか。
まあ、URの眷属さえ持っていたプレイヤーが居たぐらいだしデーモンの常識では僕らは信じられないだろうな。
「ん? 時間遡行は魔素を補填する為の儀式魔術。眷属のデーモンは時間遡行の影響で眷属化されていない状態に戻る。時間遡行の大魔術はSSRが大勢いないと採算が合わない……」
あれ、何か凄い引っかかるな。んん?
あ、そうか。もしかして。
「ねえ、もし。もしだよ? もしURの眷属を持ったSR並の力量しか持たない箱庭の主がいて、箱庭内の魔素が枯渇して時間遡行の大魔術が発動したら、どうなると思う?」
僕の疑問にラミアは何故そんなあり得ない想定をするのだろうと首を傾げて一言で答えた。
「URに箱庭を乗っ取られるのでは?」
だよね。
うん。分かってた。
URシュブ=ニグラス。クトゥルフ神話の豊穣神。外なる神。
デーモンプレイヤーを配下にして今現在も尚、勢力拡大中。
初期プレイヤーの行ける次元座標には近隣のデーモン国家と地球がある。
頑張ってくれ魔法少女。地球滅亡の危機だ。
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