第4話 アールヴヘイム始動

 品種改良されたバナナを手に入れるのは何度、試しても無理だった。何故か全てのバナナの果樹が起源種の食用に適さない木として生えてくる。

 でもニンフには食料生産が不可能かというとそういう訳でもない。山に自生している柿の在来種であるヤマガキ、野いちご、小ぶりなリンゴの果樹なんかの生成には成功している。渋かったり酸っぱかったり小さかったり種が大きかったりするけど、ちゃんと食べられる。特に桃は甘みもハッキリしていて美味しかった。

 ワラビ、ゼンマイ、ナメコ、キクラゲ、タケノコと山菜やキノコ類も各地に生やした。主食になりうる芋や大豆なんかもあるから、原始的な採取生活を送れるだけの環境にはなったはずだ。


「山で自生してる食べ物は大丈夫だったから品種改良で人が手を加えた植物がアウトなのかな。科学文明の産物だからって事?」


 でも品種改良が遺伝子操作の一環だからアウトだと仮定しても、自然な交配の結果として品種改良が行われる事もある。地球の支配種である人間に適応する事で生存競争に打ち勝とうと自ら人間にとって有用な形態を獲得して、そうでない在来種が自然淘汰された結果としての品種改良の可能性が……。


 いや、インテリぶるのは止めよう。仮定に仮定を重ねても仕方ない。

 自給自足が可能そうだって分かれば良いんだ。


「ガチャで当たったモンスターカード。無料10連の奴は全部、精霊種だ。十分な餌さえあれば繁殖して増えても魔素は減らない」


 洞窟・木立に住み幼子を食べる邪悪で悪戯好きな妖精、ゴブリン。

 坑道や地下に住み銀や銅を有毒鉱物に変えてしまう妖精であり精霊の、コボルト。

 野生動物の一種でありながら精霊が具現化した生き物だと信じられてきた、ウルフ。

 人間と変わらぬ知能を持ち古木が自ら動き出した木の精の一種、トレント。

 古くから薬草・毒草として用いられてきた自立行動する植物精霊マンドラゴラの下位種、マンドレイク。

 そして、空中に漂う微精霊が物質化した粘液生命体であり全ての生き物の母である、スライム。


 ニンフと違って膨大な魔素を放出するような事はないけど、魔素の生成量より消費量が上回る事は精霊種ならばない。飢餓状態にでもならなきゃ。


「あ、狼は肉食か。ウルフはまだ早いな」


 アイテムボックスから取り出したモンスターカードをウルフだけ元に戻す。ゴブリンとコボルトが十分に繁殖してから解放しなきゃ負債となる。

 雑食であるゴブリンとコボルト、地中から栄養を補給するトレントとマンドレイク、最終分解者のスライムの解放は早ければ早いほど良い。生態ピラミッドは下から整えなければならない。


「それじゃ、リリース!」


 モンスターカードを手に持って解放の言葉を唱えるとゴブリン30匹、コボルト20匹、スライム20匹、トレント10体、マンドレイク10本が周囲に現れた。

 奇襲に便利そうな能力だよね。何で原作じゃやらなかったんだろ……ああ。アイテムボックスはプレイヤーしか持ってないからか。じゃあ今後は多用されるな。魔法少女も可哀想に。


「「ギギッ」」

「「グゥルルル」」

「むぅ」

「「「ギガァー!」」」


 同種族なら兎も角、モンスター種族同士だからって仲が良いわけじゃないのはデーモン陣営を見たら分かる。

 召喚者である僕に刃向かうモンスターこそいなかったけれど、周りのモンスターを威嚇したり捕食しようと飛び掛かったりと忙しない。唯一、人間並みの知能を持つトレントだけが迷惑そうに顔のように見える木のウロを歪めている。

 特に数の多いゴブリンは同族同士でも関係なく喧嘩を始めて大騒ぎだ。命令なしでもこっちに危害を加えないかちょっと観察してたけど、もういいかな。


「ほら、静かに! お互いに距離を取って!」


 パンパンと手を叩きながら命令すると即座に反応して静まった。少なくとも僕に対しては従順だ。

 この素直さは箱庭の主だからか、モンスターカードから解放した持ち主だからか、どっちかな。世代交代しても命令に従うか後で確かめた方が良いかもしれない。


 いや、そもそも伝承種族だし寿命で死ぬんだろうか。魔素さえあれば健康に問題はないはずだ。デーモン陣営は下位ランクから上位ランクのモンスターに進化するし、高位のモンスターが寿命なんかでくたばるとは思えない。良くある設定と違って戦闘で経験値を稼いで進化なんてシステムじゃないしね。群れの上位者が配下から信奉を集め、一定の神秘を蓄えたら上位ランクに進化って仕組みだから巣で群れの差配を偉そうにしてるだけで良い。危険な事は部下に押し付けてりゃ死ぬ危険性も低い。


 うーん、これってどうなの? 老害が大した苦労もせずに美味しい所を総取りして上に行っちゃうんじゃないの?

 ニンフなんて被差別種族は孕み袋にされて魔素発生装置として衰弱死するまで飼われ続けるから進化しようがないし。


 あ、だからデーモンは蛮族文化なのか。何時まで経っても死なない年長者を武力で皆殺しにして生き残った奴が強い偉いって賞賛されて群れを大きくしていく訳だ。

 そうなると力で劣ると僕もマズいのかも。ランクNやRの低位モンスターが仮にも精霊王の僕に敵うはずがないから大人しいだけで、下克上の危険は常にあると。


 SRのラミアはどうしようか。神秘値100のニンフで勝てるかな?

 もうちょっと情報を探ってから解放するかどうか決めるか。


「喧嘩するくらいなら、それぞれの群れ毎にバラバラになって暮すこと。箱庭は広いから縄張りにする土地は幾らでもあるし食料だって豊富だから」


 ほら、散った散ったと移動可能なモンスターを追い払う。

 これで放っておけば繁殖して数が増えるはず。一応、モンスター同士の顔合わせは済まして争わないよう注意もしたし絶滅する種は出ない、と思う。

 ま、Nランクのモンスター種族なら後でショップに売り出されるようになるだろうし魔素を信じて放置しよう。

 問題は自力移動できないRランク種だ。


「薬草にもなるマンドレイクはログハウス前で育てて、思考能力のないスライムはゴミ処理に数匹を残して森に解き放つとして、トレントは根を土から抜いて動けない訳?」

「申し訳ありませぬ」


 困った様子で頭をわさわさと下げるトレントはハッキリとした言葉で謝罪を口にした。

 世話の労力は必要だけど話し相手になるってのは良いね。


 そう思えたのはトレントが繁殖に挿し木を要すると知るまでだった。自力で繁殖できないとかお前ら誰に飼われてたんだ。



◆◆◆◆


箱庭名:アールヴヘイム

支配者:サルマ・フィメル


文明レベル:0

文明タイプ:原始/精霊


箱庭人口:11人

経過年月:5時間42分

箱庭面積:10km2


魔素濃度:3024

蓄積神秘:100


保有戦力

N  :73

R  :20

SR :0

SSR:0

UR :0


◆◆◆◆



 まあ、そんな手間を掛けてでもトレントを増やしていく利益はある。

 無料10連で手に入れた90匹のモンスターを解き放った後の箱庭ステータスがこれだ。Nランクのモンスターが増えてるのはスライムが分裂したから。最初はゴブリンやコボルトがもう子供を産んだのかとビビったよ。ゴミ処理用として飼ってるスライムに果物の食べカスを与えたのが良かったらしい。トレントによると僕の魔素を間接的に取り込んだ影響なのだとか。どっから来た知識なんだ。


 それで注目して欲しいのが箱庭人口。モンスターが合計で93匹は居るはずなのに11人しかカウントされてない。

 一人は僕で残りは全てトレントだ。どうやら一定以上の知能がないと人口に含めて貰えないらしい。


 それの何が問題なのかというと、箱庭人口の数と経過年月が神秘の蓄積に密接に絡んでいる点だ。

 自己強化に差し障るし、何よりあの場にいたゴブリンやコボルトは神妙にしながらも全く僕を敬っていないんだと判明したって訳な。


 トレントが見た所によると、強そうな上位種族が偉そうにしてたから従っただけで、何というか空気を読んだ感じに近い状態だったらしい。日本人かあいつら。

 でも頭が足りないから痛めつけても怖がるだけで畏敬とか抱かないし、僕のおかげで箱庭が維持できてるんだと分からないから上位種が生まれるまでは放置するしかないのだと言う。

 ああ、箱庭は一定以上の格を持ったデーモンの支配者が必要不可欠で、該当する者がいないと崩壊するんだとか。僕も初めて聞いた。


 トレントの繁殖に手を貸して欲しいって話だけど、うん。

 他に特に何も出来ないようだけど、その知識だけで世話をする価値はあるな。



 後、箱庭に名を付けた。アールヴヘイム。北欧神話の光の妖精エルフが住む国だ。

 最初はニンフの森精が仕えているというギリシャ神話の伝承に登場するアルテミスにちなんだ名前にしようかと思ったけど、ニンフを性奴隷として出荷してるのがゼウスの降臨するオリュンポス帝国だと聞いて止めた。


 というか最初から移動可能な次元座標って地球とオリュンポス帝国の帝都ヘレネスなんだけど……無防備に転移してたらアウトだったんじゃない?

 何という罠。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。

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