第5話 紫釉皇子 一
珠玉と少しの間触れ合った後、珠玉は屋敷に戻るため輿に乗って帰っていった。
玲秋も一緒がいいと甘えてきたが、その言葉に従うわけにはいかなかった。
たとえ式典は終わっていようと行事の最中。
珠玉は皇帝の息女。皇族である珠玉と同じ輿に乗ることなど出来ない。
屋敷で会う約束を幼い子と交わした後、玲秋も自身が乗ってきた輿に乗る。
玲秋に付いていた官女は先に紀泊軒へと戻っている。本来であれば最低二人は妃に官女が就くのだが、玲秋には芙蓉一人しかいない。
戻ってから食事や着替え等の支度も全て芙蓉が行わなければならないため、式典の間に帰らせていた。
行きと同じで遅い輿に乗ったものの、暫くすると輿が歩みを止める。
「どうしたの?」
「申し訳ございません。足を挫いてしまいました」
輿を担ぐ年配の男が頭を下げる。担ぐだけでも辛いのだろう。脂汗を滲ませながらも、それでも足を進めようとするため玲秋は男を止めた。
「それでは私が歩きましょう。貴方達は輿だけを運びなさい」
「そのような事はなりません」
「ですが、このまま足の回復を待っては日が暮れます。人がいない重さであれば運べるでしょう?」
玲秋にとってこのやりとりは二度目だった。
会話をしながら思い出す。一度目もやはり同じように輿を担いでいた老人が足を痛めたため、玲秋は歩いて戻ったのだ。
「輿を運び終えたら後宮の官女に言付けを。徐倢伃の官女を呼ぶよう伝えておいて。後宮の門を閉ざされては困りますから」
躊躇する男達を宥める。
男達は幾度にも玲秋に頭を下げた後、急いで輿だけを担いで来た道を戻って行った。
一人で歩くなど、皇帝の妃にはあり得ない事ではあるのだが、玲秋の立場ではそれも仕方がないことを、男達も察しているのだ。
二年の間に汪国は困窮していった。
国同士の争いこそないが、徐欣は政務を蔑ろにし、自らの享楽に走り出した。
玲秋が後宮に来た頃は妃の数こそ多かったものの国を傾けるほどではなかった。
兆しが表れだしたのはまさに今の時期である。
明確に言えば、寵姫趙貴妃に溺れてからだ。
覇気は見る影もなく薄まり、大いに国は傾いた。
後宮の中でしか世の流れを知ることが出来なかった玲秋にも分かるほど如実に国は傾いたのだ。
更に最悪なことに、この先打撃となる災害が起きたことで民の暮らしがより一層荒れた。
(国が乱れるよりも前にどうにかしなければ)
ただ、どうすればよい?
玲秋は唇を強く引き締める。
策が簡単に思い浮かぶほど容易いことではない。玲秋が対峙すべき存在は政権交代という強大な未来なのだ。官女のような自分に何が出来るというのだろうか。
それでも分かっている事がある。
叛意し、皇帝を弑し政権を得た者が第三皇子紫釉であること。そして彼に協力した者が紹将軍であること。
(彼らに少しでも接する機会を作り、公主の保護を願い出る?)
ただ、どうやって進められるというのか。
現在の彼等が何処にいて、何をしているのか玲秋は知らない。
何より後宮で過ごす女達は決して後宮の外に出てはならなかった。
外に出る術を得ることは不可能だが、第三皇子や将軍に関する情報の収集や謁見の機会がほしい。
(少しずつでも構わない。出来ることから進めていかなければ)
脳裏によぎる珠玉の死を思い出せば身は震え、体中から危機感が走る。
この先の未来で珠玉を救う術は玲秋にしかない。
その重い使命に身を寄せ震えた。
玲秋とてか弱い女であった。抱えるにはあまりにも荷が重いことは承知している。
ただ、そんな卑小なまでに小さな自身でも、命を懸けて賭したい想い。その想いだけで身を粉にして行動できる。
重い足取りのままに進んでいると、背後から蹄の音が聞こえてきた。
位が高い者が通るのであれば横に退き、頭を下げなければならない。
玲秋は振り返り道を開けようとした。
したのだが、出来なかった。
何故彼がここにいるのだろう。
出会う機会をどうにかして導き出さなければならない存在が目の前にいたのだ。
第三皇子、紫釉。
後に父である徐欣を殺し、玲秋と珠玉を冷宮へと閉じ込めた青年。
一度目の時には現れなかったはずの皇子が馬に跨り、玲秋と視線を交わしたのだった。
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