第7話 雑魚巫女『新宅 尚子』の神降ろし
空は優しくも鮮やかな蒼に染まり、散りばめられた雲が穏やかで柔らかな白で空の飾り付けとなっていた。太陽の輝きが心地よい晴れ空の下、古びて埃被ったアパートの中、ソファに寝そべりながら忌々しい日光を手で遮りながらさぞ気怠そうに目を細めて欠伸を噛み殺し、酒瓶を手に取り半分も残っていない液体を飲み干した。
――あぁ、毎日のように現れて……鬱陶しく笑う日差しだねぇ
日差しは天音の指の隙間をすり抜けて天音の明るい茶髪を照らす。差し込む光は心の底まで見透かしてしまいそう。
――もちっとばかし暗いほうが好めるのだけどねぇ
輝きから遠ざかる天音の意識を引き寄せる呼び鈴が響き、呼び寄せる。ドアへと歩み寄り、開いた。
「また出たな! 妖怪ていくあうと」
輝く太陽と混じり合う笑顔の持ち主、夜のように黒い髪を若干色あせた紫色のリボンで結った女子高生の晴香、よく人ならざるモノを持ち帰るために天音から冗談半分で『妖怪ていくあうと』と呼ばれている少女は今日もまたなにかを持ち帰ってきたのであった。
天音は晴香の後ろに立っている幼くて可愛らしい男の子を見るや否や声をかける。
「こんにちは。アンタは妖怪なのだろう? なのに昼は起きて……もしやして夜は寝てんのかねぇ。いい子すぎてオバサン感心しちゃうな」
「もしやしては誤用だよ天音。妖怪にいい子なんているの? あと30もいってないのにオバサン?」
指摘の忙しさに目を回す晴香の肩をさすりながら天音は言葉を紡ぐ。
「どうせ世の中の男からすればアタシみたいなの25も過ぎればオバサンにしか見えないものさ。何すりゃ若く見えるものかねぇ」
「口調を今風にしたら?」
「行きます! マジヤバ、アゲアゲなんすけど。アゲアゲアゲアゲ」
「ごめん、天音にはムリみたいだね」
晴香は天音を快楽の渦に突き落とす一言を加えた。
「そのままの天音が大好きだよ」
「うるさいアタシは若返るんだい」
そのやり取りをただ見ていただけの男の子がついに口を開いた。
「オバサンほんとは嬉しいくせに」
「心を読むか、人を悟るか、妖怪覚」
男の子の正体、それは嘘を読み真を聞き人の心を見抜くさとりと呼ばれし妖怪。
「僕にゃ嘘も隠し事も通じないよ。天音オバサン女の人なのに女の子のことが好きなんだね」
天音はニヤつき頬を仄かな赤に染めながら晴香を抱き寄せて低い声を無理やり弾ませる。
「そうさアタシは女の身にして女が大好物なのさ」
人の心まで露わにしてしまいそうな眩しい日差しの中、人の心に土足で踏み入るさとりに天音はある想いを進呈し始めた。
「こ、こんなの……え、えぇぇぇ」
「人の心を滑稽な絵画のように楽しむアンタにプレゼントさ……人の業に沈め」
幼く純粋な妖怪の頭の中を駆け巡る天音の欲望。妖怪が夜に人を弄ぶ傍らで執り行われるは人の業の成すある行為。男の子は顔を赤くしてその場を逃げ出したのであった。
「あの子になにをしたの?」
晴香の純粋な疑問に対して天音は得意げに笑って答える。
「穢れを嫌う妖怪に女同士の神聖なる穢れを魅せただけさ」
あの子が変な趣味に目覚めませんように。ただただ晴香は祈るだけであった。
☆
人の心を覗く人ならざるものがいるように、人ならざるものの心を人に伝える者も存在するものである。
それは覚が立ち去って十数分後のことであった。またしても呼び鈴が響いていた。
「どうやら妖怪ていくあうと第二号が来たよう」
――なにそれ
天音はドアを開く。待ち受けていたのはとても綺麗な顔をした少女。紅白の衣装が実に似合う巫女。
「紅白の衣装が実におめでたいものね。アンタさ、頭までおめでたくなくていいから」
白い和服を着て黒い帯を巻いた天音は巫女をこの世にいるどのような妖怪よりも恐ろしい形相で睨みつけた。
「用は手短に済ませな。アタシは晴香以上の美人は嫌いなのさ」
その言葉を聞いた巫女は大粒の涙をこぼしながら天音にしがみついた。
「うわーん助けてよ私は神様なのお助けください私……コイツに神降ろしされて戻れなくなっちゃった」
天音は額に手を当てため息をつく。
「呼ぶだけ呼んで返し方分かんないなんて……この雑魚巫女」
晴香は巫女を眺めて言った。
「この子……知ってる。同じクラスの新宅 尚子ちゃん」
天音は先ほどよりも一段と大きなため息をついて神が憑いた尚子をさぞかし忌々しそうな引きつった目で見ていた。
「晴香、アンタら学校で何学んでんの? 妖怪の持ち帰り方?」
決して綺麗でもない言葉を紡ぐ天音に対して晴香は口を噤む。天音の家にいることがここまで気まずく感じられたのは初めてであった。晴香の曇った表情を見て取った天音は慌てて優しい声をかける。
「ゴメンゴメン、さっすがに言い過ぎた。後さソイツとアンタじゃ勝手がちがう。晴香の持ち帰りの仕組みは後で話す。今は」
そして天音は再び巫女と向かい合う。巫女ではなく、中の神に訊ねた。
「アンタ、名前は?」
「私の名は、ウカノミタマ」
「よし、私に大金支払え稲荷のとこの神様」
巫女に憑く神は笑って天音に人差し指を向けた。
「今の私高校生なんで学割で」
「生憎ウチじゃあ学割なんて扱ってないもんでねぇ、定価で頼んだ」
その言葉を聞くとともに巫女は笑う。
「分かりました、なら他あたるの。例えばお祓いも請け負う和菓子屋の『かえるのて』とか」
「学割ね、はいはい」
「あと神割で代金5円。それをどこでもいいから稲荷の賽銭箱に投げ込んで」
「ざけんなアンタ誰がタダで助けろって?」
「あなたがタダでお助けするの」
それはまるで稲荷様の眷属の狐に誑かされたよう。怠惰で決して頭がいいとは言えない天音と商売繁盛の神のやり取りに相応しい結末であった。
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