第24話 決着
三本の尖塔が目を引く、五階建ての石の城。
サングィスの居城を大雑把に言い表すとそうなる。
サョリの功績もあって風光明媚となった城は、メルティだった肉塊が大半を食らい、向かって右側の尖塔はすでに崩落している。
『あはははハハは! ゼんブたべてハンシょクするの!』
肉塊から響き渡る叫声は確かにメルティのもので、ならばあそこにサトルがいるのだとタリアは肉塊を睨み付ける。
「タリア姫を援護します」
城やその周辺にいたサヴロスたちは、騒乱の中サングィスたちの見事な手腕により全員が城から遠く離れた平地に避難し、手当や暖かい飲み物などが配られたりしている。
混乱の中トルアが救助したディナミスも、法術で眠らされて治療を受けている。ベスの診断では手足は元通りに治せるが、精神支配を解くにはかなりの年月が必要だとされた。
「法術を使えるものは誰でも構いません。こちらへ来てください」
サョリの呼びかけに、手の空いている軍人や避難していた一般のサヴロスたちが集まってくる。
「サトル、もう少しだからな」
そこから少し離れた場所で、タリアは肉塊を見つめる。
──あなたが命をかける必要はどこにもないです。ここは、わたくしが行きます
自分がサトルの救助に出ると言えば、サョリはなぜか自身が行くと言い出した。
『おまえはサヴロスの王妃だろうが。ユヱネスの子供ひとりと、サヴロス全体を生かすための指揮とどっちが大事かぐらい分かるだろ』
『でも、サトルはわたくしの息子です』
『お前はユヱネスであることを棄てた。ならサトルとの縁も切れた。あいつはもう自由だ』
『あ、あ、あなたにこそサトルとの縁なんてないでしょう』
わたしはな、とタリアは自信たっぷりに言う。
『あいつに血をわけてもらった。あいつはわたしと一緒に道を歩くと約束してくれた。
だから、あいつがあの中で迷ってるならわたしが手を引っ張ってやるんだ。
わたしが、導くんだ』
思い返したら恥ずかしくなってきた。
だって仕方ない。
あの中途半端な女がいつまでもサトルを自分のもののように振る舞うから。
自分も母親になったら、子にああいう風に接してしまうのだろうか。
そのときはあいつが止めてくれるといいけれど。
「タリア姫、準備ができました」
ああ、と返してサョリを振り返る。
マスケット銃を手にしたサョリを中心に、百を超すサヴロスが控えていた。
* * *
「だあああああああっ!」
タリアが疾走する。
雨あられと降り注がれる触手を掻い潜り、身を捻り、時にマスケット銃で迎撃しながらメルティだった肉塊へと走る。
百を超すサヴロスが寄って集ってタリアに法術をかけた。
走力をはじめとするあらゆる身体能力の増大。タリアのマスケット銃には、ほぼ無限に撃てるほどの法術を施してある。
自分も援護に、とスズカはごねたが、装填の法術を多用したために血と体力の消耗が激しく、かえって足を引っ張ってしまうだろうとタリアからやんわり断られてしまった。
しょげるスズカを、「たまにはわたしひとりで格好つけさせてくれ」となだめ、タリアは走りだした。
『ハんショくのジゃマ、するなぁあアっ!』
近づけば近づくほど触手は数を勢いを増すが、身体能力と同様に五感も強化されているタリアには無傷で切り抜けることなど容易い。
決して油断はしていないが、それでも心に余裕は生まれる。
余裕に生まれる思いは、なぜこうまでしてサトルを助けようとするのか。
最初は、ただユヱネスであればよかった。
自分が宇宙へ行くための技術を提供してもらえれば、それで。
出会えたユヱネスはサトルだった。
最初は頼りないやつだと思った。
あの年齢で母親に会わせろとか、よく言えたものだと。
でも違った。
あいつも、サングィスの被害者だった。
急に自分が恥ずかしくなった。
宇宙へ行きたいと思ったのも、サングィスに輿入れが決まってからだった。
サングィスを、本気で殺そうなんてかけらも思っていない。あいつは端から見れば名君。実際に対面して話をして、それは確信に変わった。
今回の輿入れに関しても、シルウェスに新しい血を入れるためのもの。産まれた子は里に帰し、王族として育てる約定が親同士の間で結ばれていた。
一族の繁栄と、自己の感情を天秤にかけて自分は後者を選んだ。
両親にはまだ話していない。
知ったらどうするだろう。
あの女がサトルになにかして、あいつの身体はサヴロスに変質していたから。サトルはサョリの子だから、と言っておけばごまかせるだろうか。いや、あのふたりや爺やをその程度でだませるとは思えない。
最悪、縁を切られる。
そうなれば、サトルの船に転がり込むだけだ。宇宙に行く船を造ると約束したんだ。何年かかるか分からないけど、完成した後でもそのまま居座ってしまえばいい。
けれどサトルは違う。
自分の運命を受け入れ、そこから新しい道を模索していた。向こうからすれば唐突なこちらの願いも、快く受け入れてくれた。
サトルはすごいやつ。
だから助けるのだ。
決して惚れたとかそういうのでは、ない。
ないのだ。
「だあああああああっ!」
豪雨のように降り注がれる触手を軽やかにくぐり抜け、立ち塞がる壁となった触手をマスケット銃で破壊し、巨大な鎚と化して前後から迫り来る触手を両手で事もなげに受け止め、掴み、コマのように旋回し、捻り切った。
肉塊の本体まで、サトルまであと少し。
「サトル! 聞こえるか! わたしだ! 聞こえるなら応えろ!」
法術とは、血を触媒にして心の願いを具現化する行為。
思いを込めた大音声に肉塊の中央部分が、大きく震えた。
「そこだな!」
マスケット銃を腰撓めに構え、右親指を牙歯で切って血を振りかける。一度これをやってみたかった。にひひ、と満足げに口角をあげつつ銃身に思いを込める。
「いけぇっ!」
銃口から放たれたのは、無数の筋状の光。
それらをも敵と認識した触手たちが数を増して襲いかかるが、光に触れる寸前に焼け焦げ千切れ、ぼたぼたと地面に散乱していく。
瞬く間に光は肉塊の本体に辿り着く。サトルからの反応があった辺りに突き刺さり、もぞもぞと奥へと侵入していく。同時にタリアは光の筋を銃身に高速で引き集めながら走る。
近づけば近づくほど、元来そこにあったサングィスの城の巨大さをそのまま再現したような、ふと気を抜けば肉塊が持つ威圧感に押し潰されそうになる。が、だからなんだと言う。サトルはすぐ目の前だ。
気負う必要なんてどこにもない。
「たあっ!」
マスケット銃を一度背負って両手に法術の力を集め、地面に叩き付けて展開。自身は増幅された腕力でジャンプし、宙返りして着地。眼前には法術で作り上げた階段。頂上は、先ほど撃った無数の光の筋が突き刺さる、サトルがいるとおぼしき場所。
「わあああっ!」
階段を一気に駆け上がる。辿り着いた、無数の光の筋が突き刺さっている肉壁を法術の力を込めた手刀で縦に切り裂く。見えた。
淡い緑、もっと詳しく言えば若苗色の鱗。あのときあの女がなにかを打ち込んだ時に変質していたサトルの色だ。
現在のあいつのからだが
マスケット銃を握りしめ、肉塊に潜り込ませた光の筋に意識を走らせる。この肉塊がやっていることみたいで癪に障るが、すぐに振り払って光の筋をサトルの全身に絡みつかせる。
「サトル! 引っ張り出すぞ! お前も足掻け!」
ぐいぃっ、と銃身を光の筋を引っ張り、切り裂いた割れ目からサトルの腹を引きずり出す。サトル自身も手足を動かして外に出ようとしていると伝わる。
「せぇっ!」
光の筋を巻き取りつつ渾身の力を込めて引っ張る。
『逃がサなイ! ハんショくするノぉっ!』
肉塊の絶叫と共にタリアの周囲全てが触手に囲まれる。
だがここで退けば、おそらくサトルの奪還は不可能になると直覚する。サョリたちに施してもらった術も、大半が効果を失いはじめている。
「はやく出てこいサトル! 時間がない!」
呼びかける以前からサトルはもがき続け、いまやっと右足が外に出る。それをきっかけに、左手が右足が続けて肉塊を破って出てくる。
『出チゃ、だメぇえエえっ!』
数瞬前までタリアを狙っていた触手の網が今度は一斉にサトルへ向かう。あれだけ尖っていた先端は丸く柔らかくなり、優しく押し戻していく。
「サトルにこれ以上触れるな!」
手刀でそれらを切り裂き、光の筋はそのままにマスケット銃を背負って出てきた左腕を掴み、自身が切り開いた穴から手を突っ込んで彼の胴を抱き寄せる。
「引っ張るぞ!」
もうここで施してもらった全ての法術を使い切ってもいい。渾身の力を込めてサトルのからだを引っ張る。
「んんだらあああああっ!」
サトルが聞いていようが構うまい。むしろ彼を助けようとしているのだから、雄叫びにも歯を食いしばっている顔にも文句を言われる筋合いはない。
この程度で想いが冷めたというのなら、それまでだ。
「ぬあああっ!」
ぶちぶちと音を立ててサトルを拘束していた触手が千切れ落ちていく。もう少しだ。
「だああっ!」
最後の力を振り絞ってついに、サトルを肉塊から引きずり出した。
全身で息をしながら、顔に張り付いた肉塊の膜を乱暴に剥がす。
「あ、ありがと。助、かった」
「無事ならいい。とどめを刺す。お前はそこで休んでろ」
土の階段にサトルを寝かせて肉塊に向き直り、懐からベスの入ったデバイスを取り出して銃身にあてがう。
数瞬の後、ベスに似た声で、『銃身への活動抑制ナノマシンの注入完了。いつでも発射可能です』とデバイスが告げる。
「ま、待って。この人を殺しちゃだめだ」
よろめきながら上体を起こし、タリアの足下にすがりつく。
「なんだ、取り込まれて情でも移ったか」
「ちがう、そうじゃなくて、あの人は」
懇願するサトルにしかしタリアは肉塊に視線を戻す。
「どちらにしてもあのままにはしておけないだろ。ほら、お前も手伝え」
しゃがみ込んでふたりの間にマスケット銃を置き、強引に手を取って銃身に置く。
「待ってってば。殺しちゃだめなんだ」
自分がされたことを含めて、肉塊へと成り果てたこの女に対してここまで言うのだ。きっとなにかあるのだろう。
『あー、サトルくん、聞こえるね』
そこへ、突如銃身にあてがったデバイスから話しかけられて、サトルはおろかタリアでさえ心底驚いた。
『きみがいま心配していることは、おおよその見当はつく。だが安心したまえ。タリアくんに持たせたそのデバイスにはメルティの体内にあるナノマシンの暴走を止める力しか持たせていない』
「だそうだ」
『だからはやく撃ったほうがいい。サョリくんの話によれば、きみたちふたりが取り込まれた場合、救助する力はサヴロス側にないそうだ』
そこで通信は切れた。
「ほらはやくしろ。わたしはあんなのに取り込まれてもだえる趣味はないんだ」
「そんなのぼくだってないよ」
口を尖らせてよろよろと立ち上がる。マスケット銃にそっと手を携え、自身が捉えられていた穴に視線を向ける。
その横顔にタリアは微笑みかけ、
「やはりいいな、お前は。ロンガレオとの試合の時、好きだと感じたのは間違いじゃなかった」
「な、なに言ってるの! こんなときに!」
照れた。かわいい。
どうせあいつに輿入れさせられる身だったんだ。
相手がユヱネスだろうと文句を言わせるものか。
「これが終わったら嫁いでやってもいいと言ったんだ!」
「ば、ばか! こんなからだのぼくのお嫁さんになっちゃだめだよ!」
「だいじょうぶだ。わたしだって混血。いまのサトルと大差ない」
「だからってそんな簡単にそういうこと言ったらだめだよ!」
意外と強情だ。
ユヱネスとは身持ちが堅い種族なのだろうか。
「まあいい。お前の気が変わったらちゃんと言ってくれ。わたしはいつでも受け入れてやるから」
一層赤くなった。これがユヱネスの照れだと思うとやはりかわいい。
「もう! タリアは宇宙へ行くんでしょ!」
「はは。そうだったな。では、祝言は宇宙であげるとしよう!」
「もう!」
顔を赤らめつつ視線をもう一度肉塊、メルティへ向ける。
「これで終わりです」
静かに。
ふたりは同時に
『ハんショく、はンシょクぅぅぅっ!』
ふたりを囲んでいた触手たちがふたりへ一斉に殺到する。
「じゃあな」
ふたりで、引き金を、引いた。
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