愛情表現 (2022.3.9)

 貢いだお金の量がキャラへの愛だ。

 集めたグッズの量がキャラへの愛だ。

 痛バはキャラへの愛だ。


 結局、全て個人の資金力だ。


 ……それに比べて、僕は。

 中途半端に課金して、中途半端にグッズを集める。

 一つ手に入れば嬉しくて、そんな何個もあったって飾る能力がない。

 おまけに、可愛くない。パーカーにジーパンで現地に行くなんて、頭がおかしい。


 ……僕は、オタクと名乗っていいのだろうか。


 ガラガラの電車に揺られながら、考える。帰宅ラッシュの時間帯なのに空いているのは、単にこれが私鉄への直通電車だからだろう。

 イヤホンから流れる音楽に耳を澄ましながら、先程までの出来事を思い出す。


  ◇◆◇


 同担で、僕と歳の近い女子おなごと、急遽会うことになった。

 名目は、「掲載されてる広告を見に行こう!」だ。そのついでに、色んなお店を回ろう、とのこと。

 とはいえ、彼女は一度通話をし、一度グッズを交換しただけの、浅く感じるような関係である。でも、僕は何の不安も抱いていなかった。事実、よく聞くような「会ってみたらただのおっさん」ではなかった。


 待ち合わせ場所でぼーっと待っていると、推しキャラの痛バを持った可愛らしい女の子があちら側から来るのが見えた。しかし、こちらには気づいてない様子だ。

 素通りされる前に、彼女の元へ駆け寄る。


「あの、もしかしてみかちゃんですか?」


 ネットネーム「みかん」の最初の二文字を持って、みかちゃん。彼女のことはそう呼んでいた。

 十二月の下旬だというのに、彼女の服装はとても寒そうだった。白のブラウス一枚にベージュのベストを着て、下は膝上までの黒いスカート。

「オシャレは我慢」と言う通り、寒そうな代わりにとても可愛らしかった。これぞ女子、だ。

 一方こちらは紺のコートにジーパン。シンプルで無難だし、一見オタクには見えないだろう。その証拠に、彼女は一瞬戸惑った様子を見せた。


「……ふうちゃん?」

「うん、はじめまして」


 ネットネーム「風向かざむき」の風を音読みして、ふうちゃん。僕のことはそう呼ばれていた。

 彼女は顔を煌めかせて、今にも飛びつきそうな声をあげる。


「わ〜! やっと会えた〜!!」

「うんうん、やっと会えた」


 二人とも声を弾ませて、手を握りあう。彼女の手先は冷えていた。


 ……そこからした話は、ちゃんとは覚えてない。

 今日は学校の帰り? とか。

 その痛バすごいね、とか。

 やっぱ推しは可愛いね、とか。

 グッズの買いすぎでお金が無い、とか。

 てかグッズ失くした、とか。

 有名なアニメ等のグッズを扱ってる店や、中古屋を巡りながら、頑張って会話をした。同担と過ごす時間は濃密だった。


 事件は、名目の「広告を見に行く」で起こる。


「オタクがよくやる構図で撮ってほしいの」


 僕は大層困惑した。脳内にある写真の構図に「オタクがよくやるやつ」は存在しなかったからだ。


「具体的に、どんな感じで撮ればいい?」

「ちょっと待ってね……」


 彼女は某画像投稿サイトを開き、ひたすらにスクロールする。ちらりと覗き見すると、そこには自分が見たことのないような、キラキラとしたオタクがたくさんいた。

 ……その煌めきが、お金と自身の可愛さ故、というのも瞬時に察せた。


「これとか……こんな感じかな」


 ぱっと見せられた写真は、キャラのほっぺに人差し指を指してたり、キャラの頭を撫でるように手を置いていたりした。

 画面の先に映る彼女たちと、僕の間に、分厚い壁がある。しかもそれはきっと、僕がいくらお金をはたこうと、永遠に乗り越えられない。


 そこから、僕は僕なりに頑張って写真を撮った。「僕なり」という単語が見合うくらい、それはみかちゃんにとって酷い出来だったらしく。


「う〜ん……なんか違う……」

「太ももがめちゃくちゃ太く見える……」

「もう少し、こう、できたりしない?」


 助言に似た何かを終始言っていた。

 何度「ごめん」と伝えたかわからない。

 自分が辛かったとか、苦しかったとか、悔しかったとか、怒りに満ちていたとか、そんなのもわからない。

 ただただ、早く満足してくれ、と願っていた……ように、思える。


 電車の時間が迫っている、と伝えたら解放された。

 せめて好きな曲を流して、濃密に思えたからっぽを満たす。それが酷く虚しくて、心がヒリヒリと傷んだ。


  ◇◆◇


 その日の内だった。

 某青い鳥の、彼女のアカウントから、フォローを外されていた。

 色んなところを見て回ると「フォローさせていただいた方でも、合わないと感じれば無言でフォローを解除することがあります」という、彼女の言葉が見つかった。

 つまり僕は、彼女のお眼鏡に適わなかったのだ。


 それはそれは、酷く大きな穴に思える。

 ぽっかりと空いたまま、塞ぐ方法も知らず。


 後に、これを「トラウマ」と称した。


  ◇◆◇


「……ってことがあったのよ」


 真正面でコーヒーを飲む、嫁こと奏くんに向かって、その言葉で過去の話を終わりにした。

 彼の背後には、いくつか集めた推しのアクスタが飾られている。


「今となっては馬鹿らしいよ、そんなたった一人に固執してさ。他にも語れる相手は持ってたくせにね。ほんっとうに……馬鹿みたい」


 中途半端に低い自分の声が、机の上に落ちていく。

 彼はここまで、相槌を打つ以外黙って聞いていた。その優しさが心地よくて、だからこんだけ長く付き合ってられるんだろうな、と片隅で思う。


「……話してくれて、ありがとう」


 不意に椅子から立った彼は、僕の後ろへと回り、そっと抱きしめる。ついでに頭も撫でられる。

 温もり。


「大丈夫、しーさんは充分可愛いよ」

「……そんな話、してないんですけど」


 そう吐いた自分の声が、潤んでいることには気づかないフリをした。


 ……貢いだお金の量が、愛。

 ……集めたグッズの量が、愛。


 そういう人もいる。けれど、僕はそうではない。

 それを恥じなくていい。

 推すための資格なんて存在しない。自分が「愛してる」と言えば、それは立派に推せてるのだ。


「僕の推しはしーさんだよ」

「……はいはい」


 そっと頬に口付けをされる。

 部屋に漂うコーヒーの香りは、苦さの欠片も感じなかった。

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