色相夫婦

月兎

気の向くままに短編

お弁当箱を広げて (2022.2.5)

「わ、彩野さんの弁当美味しそうですね〜」


 昼休み、自分のデスクで一人黙々とお弁当を食べていたところ、同期の女性が話しかけてきた。

 最近彼女とよく話す……というか、話しかけられる回数が多い気がする。でも名前は知らない。


「どうもです」


 軽く会釈してから、卵焼きを口に運び、もぐもぐと咀嚼。うん、今日もばっちり、ダシが効いている。


「嫁さんが作ったんですか?」


 瞬間、喉に卵焼きが詰まる。ゴッホゴッホと派手に咳き込む。周りの人に怪訝な目で見られた。

 ペットボトルを開け、麦茶を流し込む。喉が落ち着いてきたところで、ようやく口を開けた。


「いえ、作ったのは私ですね」

「えっ!?」


 これまた派手に驚かれる。そんな意外か。

 彼女が周りから変な目で見られている。相当響いたのだろう、オフィス全体に。

 すみませんすみません、と周りにペコペコと頭を下げている。思わず苦笑い。


「彩野さんって、料理できちゃう系男子だったんですか……!」


 今度はさっきよりも声が小さい。


「ですね、うちの嫁は料理が苦手なもので」

「そうなんですね……」


 どう言った感情で今の相槌を打たれたのかいまいちわからない。心配そうな声色に感じたけれど。まあ、なんでもいい。

 白米に手をつける。炊きたてのような温かさはないが、程よく甘みがあって美味しい。

 そういえば、彼女は白米が嫌いだ。味がしないから、と言って必ずふりかけ等をかけて食べている。いいから食え、と一度強制させたが、嫌そうな顔して「今日のご飯食べない」と言われてしまった。あれはブロッコリー定食を出したときと同等だろう。彼女には食わず嫌いも食って嫌いも多すぎる。

 そんな彼女も今頃、ふりかけがかかったご飯を食べているのだろうか。お得意の鼻歌でも歌いながら。


「え、そういうのって正直、どうなんですか?」

「……っと?」


 いきなり現実に戻された。というか、てっきりもういなくなってるものかと思った。

 箸を一度置いて、彼女の方を見る。少し困ったような、哀れんだような表情をしている、ように感じた。あまり人の顔は見れない性分だから、間違ってる気もする。


「えっと……ほら、お嫁さんが料理できないのって、女としてどうなのかなーって、ちょっと……あはは。あ、あたしも別に得意ってわけじゃないんですけどね〜」

「ああ、そういうこと」


 ぽん、と手を合わせる。

 きっと悪意はないんだろう。彼女は苦笑している。疑わしきは罰せずだ。

 ……でも。少しだけ僕の彼女を馬鹿にされたような気持ちになってしまう。


「……まあ、彼女もそのことは気にしてるようですが」


 目を閉じて意識を過去へと戻す。


 びーぎゃー騒ぎながら、食材たちと格闘して。

 味付け足りないかなって言って、塩コショウをふりかけまくって辛くなったりして。

 でも完成したら褒めて褒めてって寄ってきて。

 僕が美味しいって伝えたら、満面の笑みを浮かべて喜んで。

 またもう少しやってみる、と勇敢に取り組んでいく。


「彼女なりに頑張ろうとしてるので、僕は見守るだけですね」


 できる限り微笑む。

 今日の晩ご飯は、彼女の好きなハヤシライスにでもしようか。

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