第31話 狩り

 アルス島へ到着した翌日。


 政庁の大広間には、鼠人とスライムたちが集まっていた。


 最前列の鼠人の手には小型のクロスボウが握られていた。全部で百挺ほどある。


「まさか、本当に作ってしまうとは……」


 感心していると、ユーリが自慢げな顔で答える。


「戦闘では後れを取っていましたが、鍛冶ならどんと任せください!」


 ユーリは自身の大きな胸をどんと叩いた。


 その隣では、クロスボウを手に取ってまじまじと見つめるセレーナが。


「なるほど、弓の部分には蛇皮を使っていたのか」

「ええ。ボルトも矢羽根にアロークロウの羽を使っているから、小さくても遠くまで飛ぶわ」

「それは先ほどの訓練で確認済みだ。普通のクロスボウと同じ威力があると見て良い」


 セレーナは先ほど、鼠人たちにクロスボウの使い方を教えていた。


 俺もちらりと覗いたが、木で作った的が一発で壊れる威力があった。加えて、鼠人でも簡単に狙いが定められるようだ。


 ユーリは続けて言う。


「今日は百挺だけど、明日は二百は作れるよ。ナイフと胸当てももっと」


 青髪族の鍛冶の腕はやはりたいしたものだ。

 たった三十名ほどで、一日にここまでの物を作るのだから。


「それは頼もしいですね。でも……アレク様の《パンドラボックスに》に収まるでしょうか?」

「百挺は入ったけどね……」


 ローブリオンで作ったクロスボウや武具は、もちろん俺が《パンドラボックス》で運んできた。


 昨日修道院で買った食料のほうがもっと場所を取っていた。それでも、《パンドラボックス》は埋まらなかったのだ。


 セレーナが思い出したように言う。


「ユーリと青髪族がすごいのはもちろんですが、殿下の魔法も……」

「そもそも、ローブリオンとアルスは、相当離れているのに」


 ユーリも俺を恐れるように見る。


 そんな二人に、エリシアは首を横に振った。


「こんなことで驚いていてはいけません。殿下はまだまだお若いのです。大人になれば、もっと凄まじい魔法を使うようになられます!」

「闇魔法は極めるつもりではいるけど……」


 なんだろうか、どこかむず痒い……

 やり直し前は、紋章を授かった後こうして褒められることはなかったからかな。


 戸惑う俺を、エリシアたちは微笑ましそうに見てくる。俺が照れてると思っているのだろうか。


「と、ともかくクロスボウができたんだ。さっそく、鼠人たちにアロークロウを追い払わせよう」

「承知しました! すでに、作戦は伝えております! ──皆、準備は良いな!?」


 セレーナの問いかけに、ティアはクロスボウを掲げる。


「おうっす! 今までやられた仲間の仇、ここで取るっす!」


 他の鼠人たちもおおと声を上げた。


 すごい盛り上がりだ……これはセレーナの紋章【熱血】の効果だろうか。


 それから俺たちは、政庁の外に向かうことにした。


 俺とエリシア、ユーリ、セレーナはそのまま街路を進む。俺が《隠形》を皆にかけながら。


 セレーナが呟く。


「さらっと使ってますが、この魔法も相当な魔法ですね……」

「そういえば、古代では闇の魔法は使われていたんですか?」


 エリシアの声に、セレーナは首を横に振る。


「まさか。使った人間は、たちまち悪魔になる。私の時代でも闇魔法を使う人間はいなかった」


 となると、やはり俺が最初なのかな……


 そう考えると、少し不安になってくる。そもそも本当に悪魔化しないのだろうかとか。


 悪魔がやけに静かなのも、不安に拍車をかけるんだよな……っと。


 だが、俺は前方にいた者に気が付く。

 アロークロウが街路の上で、四方に目を光らせていたのだ。


 食料にしている鼠を探しているのかもしれない。だが、その鼠はもう鼠人となってしまった。


 一方鼠人たちは、アロークロウに見られないよう、静かに家の中へと入っていく。


「なるほど。家屋中から撃つわけだな」

「はい。四方八方から同時に攻撃するわけです。もし討ち漏らしても、私が対処します」


 そう口にするセレーナだが、表情には余裕がある。


 鼠人ならできると信じているのだろう。


 じっと様子を窺っていると、アロークロウの周囲にボルトが迫っていた。


 アロークロウはその場を離れようと翼を広げるが……


 短い悲鳴を上げ、アロークロウはばたりと倒れた。体には、五本ほどのボルトが刺さっている。


 そんなアロークロウの死体を、スライムたちが近寄り、近くの家へと運んでいく。


 なるほど。回収はスライムがやるのか。


 セレーナがよし、と大きな声を上げる。


「皆、しっかりやってくれたようだ!」

「せ、セレーナ、声大きすぎじゃない?」


 ユーリが不安そうに言うと、セレーナはしまったという顔をする。


「いや、《隠形》は音も消せる。大丈夫だよ」

「そ、そうでしたか! いや、皆よくやってくれた!」


 セレーナは鼠人たちを大きな声で褒め称えた。


「いや、完璧に消せるかは分からないからね……それはともかく、見事に倒したな。これなら、鼠人とスライムたちだけでも大丈夫そうだ」


 俺やセレーナの助けがなくても、アロークロウと戦えるだろう。


 セレーナが答える。


「相手が一体なら、まず負けませんね。なので、基本は相手が一体のときを狙います」

「数で圧倒するわけだな」

「はい。安全が第一ですから! ……それでは、この調子でアロークロウを狩ってもらいましょう!」


 この後、鼠人たちは次々とアロークロウを狩っていくのだった。

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