第16話 新たな眷属!

 リュシオンで一泊した俺とエリシア。


 俺たちはギルドで再び輸送の依頼を受け、再びティアルスを目指していた。


 帝都から離れてきたこともあり、人気も少なくなってきた。

 だから《転移》も多く使える。


 どんどんと海沿いの街道を進んでいくと、ヴェロンという漁村の近くを通った。


「ヴェロン……歩きなら、帝都からここまで五日はかかっているな」

「まだ二日目の朝。相当速いペースですね」

「ああ。空路より少し早いかも。ともかく、どんどんと進んでいこう」


 と、調子に乗った結果……


「ご、ごめん、エリシア」


 すでにあたりは真っ暗だと言うのに、宿のある街までまだ結構かかる。


 引き返すにも、中途半端な距離だ。


 高速で《転移》を使っているが、着いてもすでに宿の受付が閉まっているかもしれない。


「いえ、私が先ほどあの農村でアロークロウを倒すのに手間取ったために……」

「いや、俺は三匹しか倒せなかったし」


 夕暮れ時に通りかかった農村で、農作物や家畜を食い荒らすアロークロウを倒すのに手間取ってしまったのだ。


 アロークロウは大型のカラスのような見た目で、鋭い爪と嘴をもつ。個々ではたいした強さではないのだが数が多かった。


 やっぱり、俺は戦闘に関しては未熟だ……

 空を高速で飛ぶアロークロウたちに、なかなか闇魔法を当てることができなかった。


 一方でエリシアはすごかった。俺を守って、縦横無尽に戦っていた。聖魔法を使うだけでなく、槍を投げて、斧を投げて──次々とアロークロウを落としていったのだ。


 それなのに、エリシアはどこか悔しそうな顔をする。


「私も、弓をならっておけば」

「エリシアに必要ないでしょ……いや、弓矢もきっとすごいだろうけど。ともかく、たくさん羽と肉が獲れたな」


 結果としては、全部で十五体ほどのアロークロウが狩れた。


「アロークロウの羽根は最高級の矢羽根だ。くちばしと爪も、高級な矢じりになる……しかも肉も美味しい」


 矢羽根や嘴などは水で洗ってある。肉はエリシアに血抜きしてもらい、冷凍にした。

 どちらも《パンドラボックス》に入れてある。


 また、助けた農民から果物や小麦、豆までもらった。


「なら、今日はそれを食べましょう! ここらで野宿にいたしませんか?」

「いいの?」

「はい! もとより、野宿も想定済みです!」


 たしかに《パンドラボックス》には調理器具や寝袋がある。

 もっと人の少ない地域のために用意していたが、比較的安全なここらで野宿を体験してもいいだろう。


 ということで、俺たちは街道から少し外れた小高い場所で野宿することにした。

 岩と小さな林に囲まれた場所で、海が一望できる。


 野宿と焚火の準備をしながら、エリシアが呟く。


「もう、何にも見えませんね。月が特別、明るく見えます」

「本当に。結構遠くまで来たね」


 すでに歩きで八日かかる距離を、二日で進んでいる。


 このペースなら三日後にはティアルスの近くに到着するだろう。


 そこでは、今よりもっと街や人通りが少なくなっているはずだ。


 エリシアが手早く焚火の準備を済ませ、そこに鍋を置いたり、串刺しの肉を焼き始めた。


 早くもいい匂いが漂ってくる。


「おお、美味しそう……」

「アロークロウの固い部分は果物や野菜、豆と一緒にスープにしています。脂が多く柔らかい脚の部分は、塩をかけて焼いてます……うん。スープのほうは、もう食べられます」


 味見を済ませたエリシアは、ボウルにスープを注いで俺に渡す


「どうぞ」

「いただきます……うむ」


 肉と野菜の風味が鼻を抜けていく。果物の甘みを微かに感じる。全体的に優しい味だ。野宿は冷えるから体に染み渡るような温かさだった。


 固い肉も良く煮えており、ほろほろと崩れる。


「美味しい……」

「嬉しいお言葉です。では、こちらも」

「焼いたアロークロウだな。宮廷でもたまに出る一品だが……おお!」


 皮はパリッとしており、中はしっとりと仕上がっている。塩だけだが臭みもなく、焼き加減も絶妙だ。宮廷のように味がごちゃごちゃしておらず食べやすい。


 これは何本でも食べられるな……


「エリシア……本当に美味しいよ」


 俺はそう言って無言でパクパクと肉を口に運んでいく。


 エリシアはにっこりと笑う。


「ありがとうございます!」

「俺だけじゃ悪いから、一緒に食べよ?」

「はい!」


 と、一緒に月に照らされる海を見ながら食事をした。


 高級食材ではあるが、宮廷料理のような飾り気はない。だが宮廷で食べるよりも何倍も美味しく感じた。


 自分たちで働いて得た食材だからだろうか。潮風が気持ちいいのもあるかもしれない。


 エリシアも最初はお行儀よく食べていたが、徐々に結構ワイルドな食べ方になる。それだけ美味しいのだ。


「いやあ、食べた食べた! まだまだアロークロウの肉はあるけど、次の街で売っていかないといけないかな」

「冷凍がどこまで持つか次第ですね」

「そうだね。そうそう、そう言えば一つ腹ごなしに付き合ってくれない?」

「実験、ですか?」

「そう。昨日、帝都まで《転移》したんだ。今日はこの距離で、しかも二人で《転移》できるかなって」

「やってみましょう!」

「あ、ありがとう」


 エリシアが早速俺の手をぎゅっと握ってくれた。


 昨日と同じ、宮廷の庭園へと《転移》を念じる。


 すると、やはり一瞬で庭園に着いた。二人でも問題ないらしい。


 エリシアは目をパチクリさせる。


「本当に……帝都ですよ、アレク様」

「う、うん。すごい距離なのにね」


 今日はユリスを探す衛兵はいないようだ。いや、誰かが来た。


「こっちに行った! ……ったく、こんな場所に迷い込むなんて!」

「スライムごとき、放っておけばいいだろう?」

「お偉い様方はそのスライムごときで大騒ぎなのさ」

「こりゃ、徹夜だな」


 衛兵たちは庭園の花壇に松明をかざして必死に探している。


 スライム?


 宮廷の中に紛れ込んだのだろうか。帝都の地下水道にはスライムなどの弱い魔物が潜んでおり、そこから広大な宮廷の敷地に迷い込むことも多い。


 ……あっ。


 俺の足元に、スライムがやってきていた。


 スライムにも種類はあるが、こいつは普通のスライムだ。斬撃などには頑丈だが、体当たりや弱い水魔法で攻撃することしかできない。


 攻撃してくると思ったが、俺の足元でプルプル震えるだけで、敵意がないようだ。


 このまま見つかれば衛兵に捕まるだろう。


 エリシアもスライムを覗き込む。


「だいぶ大人しいですね」

「人慣れしているのかも。《転移》して逃がしてあげよう」


 そう言って俺はスライムを抱え、再びの野営地へと《転移》を念じる。


 海の見える場所に出る。無事、俺もエリシアもスライムも転移できた。


「本当にすごいです! 魔法に詳しくない私でも分かります」

「俺も、ちょっと信じられないな……っと。今度は危ない場所に行くんじゃないぞ」


 俺はスライムをそこで下ろしてあげた。


 だがスライムはスープのほうへ近づいていく。


「もしかしてスープが欲しいのかな」

「せっかくだし、あげますか。あとはもう、ほとんど汁だけですし」

「そうしてみるか」

「ではさっそく」


 エリシアはボウルにスープを入れ、スライムの前に置く。


 するとスライムは体から触手のようなものを伸ばす。

 それでボウルを掴むと、ごくごくと口のような穴に流し込んでいった。


「おお、飲んでる。しかも……美味しかったのかも」


 スライムはその場でびよんと伸びていた。


「アレク様。せっかくですし、眷属にしてみてはいかがです?」

「そうだな。敵対的じゃないし、あっさり眷属にできるかも。眷属にしてみるか」


 はっきりと口にして言ってみるが、俺の中で悪魔の声は響かない。


 根比べというところかな……まあいいや。


「俺の眷属になるか?」


 スライムはそれを聞いて、じっとその場で静止する。


 これは、肯定の意思表示だろうか。


 俺はスライムを眷属にするよう念じた。


 すると、スライムが光り出す。


「そういえば、主人に近くなるんだっけ……あれ?」


 光が収まるとそこには、以前と変わらないスライムがいた。


「私のように人間のような姿になりませんね?」

「眷属にならなかった……わけじゃないな」


 魔力の吸収量が上がっている。眷属になった証拠だ。


 よく分からないな……悪魔に聞くのも癪だし。


 まあ、眷属になっていないなら、どこかへと勝手に消えるだろう。


 俺はスライムに声をかける。


「ともかく、よろしくな」

「名前はつけなくてもよろしいのですか?」

「うーん。何か良いのある?」

「ミニアレク、ではどうでしょう!」

「俺に因んでってこと? ……なら、エリクなんてどう?」

「まさか……それは」

「う、うん。俺とエリシアから」

「光栄です! エリクにしましょう!」


 こうしてスライムは、エリクと名付けられた。


 朝には消えていると思ったが、起きてもエリクは俺の近くにいるのだった。

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