392.娘にカッコいいと言われたい父心

 失言を無事飲み込み、ルキフェルは解放される。ベルゼビュートがうーんと天井を仰いだ。


「ねえ、どうやって爵位を決めるの?」


 人数の把握ができていない。申告に従って決めるしかないが、後でトラブルになりそうな気がした。


「そうですね、いっそ海独自の爵位を作ってはいかがでしょうか」


 アスタロトが苦肉の策を出し、ベールとルシファーは顔を見合わせた。それも悪くない、と言うより軋轢を防ぐために乗るしかない。


「そうだな、海は別の世界も同然だし」


「新しく爵位を授けるなら、それもいいと思います」


 誰も反対しないので、あっさり決まった。問題は爵位の種類である。悩んでもすぐに思い浮かばないので、彼女らは一度帰ってもらうことにした。陞爵の準備が整ったら、呼ぶと約束する。海水ごと転移させ、魔王城の重鎮達はほっと安堵の息を吐いた。


「ちょっと、ルシファー!」


 隔離されたリリスが怒り、イヴが無効化で結界を破壊する。叱られても、結界を張ったのはルシファーではなかった。だが世の中は不条理なものだ。


「結界を張ったのはアスタロトだぞ」


「止めなかったじゃない」


 そう言われると反論できない。あの場で人魚達の対応に追われ、妻と娘を後回しにしたのも事実だった。まさかイヴが舌舐めずりすると思わなかったのだ。それすらも口にしたら、言い訳だと非難されるだろう。


「すまない」


 ここは謝るのが最良の手だ。そう判断したルシファーに、リリスは腰に手を当てて「怒ってるのよ」とポーズを取る。しかし長続きしなかった。


「パッパ、おしゃかな食べる」


 イヴのお強請りが始まり、肩を竦めたルキフェルが「僕が捕まえてくるね」と広間を抜け出した。どうやら退屈し始めていたようだ。パチンと指を鳴らして転移するルキフェルを見送れば、イヴが目を輝かせていた。


「かっくいい」


 憧れに似た眼差しは、消えたルキフェルへ向けられる。それを不満そうにルシファーが見つめた。言いたいことは色々ある。大公で番相手はいないが、結婚はダメだ。まだ早い! その言葉を呑み込んだ。


「偉いわね、ルシファー」


 リリスは苦笑いして近づいた。ヤンの毛皮から降りて、ルシファーに抱きつく。反射的に抱きしめ返しながらも、複雑な気持ちを隠せない魔王。


「陛下、ルキフェルの番はイヴ姫様ではございません」


「分かってる!」


 番なら、ルキフェルが反応して大騒ぎになっただろう。かつて魔王城を半壊させたアムドゥスキアスが、その一例だった。竜種の番への本能は、理性を凌駕する。ならば違うと安心するには、イヴの表情が悔しいルシファーだ。転移くらいオレだって出来るし、普段からしてるし。そもそもパチンと指を鳴らす仕草は、オレが発祥だぞ。


 何度も同じ仕草を見せたはずなのに、イヴのキラキラした眼差しが貰えなかった。突き詰めるなら、ルシファーの不満はここに集約される。


「イヴ、ルシファーが泣いちゃうわよ」


「やだ」


 ぶんぶんと首を横に振って否定され、ルシファーはヤンの上から抱き上げた娘に頬擦りをする。ヒゲもないので大人しく受け入れたイヴだが、さすがに数回の往復を超えた時点で、むっと唇を尖らせた。


「めっ! パッパ、しつこいのヤダ」


 ぐいっと両手を突っ張って拒まれ、ルシファーは決意した。イヴがカッコいいと憧れる父親にならなくては! ぐっと握り拳を作る姿に、ベルゼビュートは腹を抱えて笑う。ベールとアスタロトは呆れ顔で、大きく肩を落とした。


「あのぉ、謁見……大丈夫ですか?」


 順番待ちの魔獣は顔を覗かせ、恐る恐る自己申告した。

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