242.海はフロンティア

 船は解体せずに研究棟が引き取ることに決まった。城内の研究棟の敷地に置くと邪魔なので、アスタロトの領地内にある空地へ設置する。そう宣言した途端にストラスが青ざめた。


「まさか……あの何も生えない土地では?」


「さすがにあの場所はまずいだろ。離れた場所に、森の木々を伐採した空き地があるから借りて置いたぞ」


 安堵の表情を見せる息子と、得意げな主君を交互に見つめるアスタロトが首を傾げた。口元には笑みを浮かべたまま、表面上は穏やかだ。


「ほう、あの土地やあの場所などと呼ばれているのですか」


「……ち、地名が不明だからな」


 別に否定してるわけじゃないぞ。同じ場所で殺戮を繰り返し過ぎて、魔の森の木々ですら根を張らなくなったと指摘したりしない。ぶんぶんと勢いよく首を横に振ったルシファーの後ろで、純白の髪がさらさら揺れた。


「今回は問いません。用意した土地は先日、建築資材として木を切り出したばかりです。生えてくる前に建物を建てましょう」


 魔力を吸収して森が蘇らないよう、魔獣避けの柵を施してある。中に入れば、魔の森特有の現象で魔力を吸いあげられ、下手すると命に係わるからだ。いずれ何らかの対策をして木を復活させるつもりだったが、今回は船を設置する場として、急遽提供された。


「森の木々が蘇ったら、船を突き破らないでしょうか?」


 懸念を表明するストラスへ、父アスタロトは解決策を提示した。


「対策済みです。森の木が蘇る条件は魔力、それと根の存在が重要になります。根まで掘り起こしておけば、数百年単位で生えてこないはずです」


「だが、人族の領地は根もないのに1年しないで侵略されたぞ?」


 ルシファーが余計な事例を口にすると、溜め息を吐いたアスタロトがぐいと唇を掴んで捻った。自分が美形だと、相手の美貌に怯まないようだ。容赦なく捻られ、痛いと涙ぐんだルシファーが手を払いのける。


「いひゃい……」


「あなたは馬鹿なのか、賢いのか。本当に紙一重ですね。魔の森が浸食の意思を示したら、誰が逆らえるのですか。木を伐採して1ヵ月経っても生えてこないので、何らかの理由があり放置された土地でしょう。もし心配なら、あなたがリリン様にお願いすればいいではありませんか」


 過去と違い意思の疎通が可能なのだから。言われれば、その通りだった。なぜ忘れていたのか! 急いでリリスと相談しなくては……これ幸いと立ち去る魔王の背に、恨めし気な視線が刺さる。実父と今は一緒にいたくないストラスは、複雑な思いを笑顔に変換した。


 この辺りの技術は、父譲りだろう。じっくり観察した後、アスタロトは眉頭の辺りをぽんと突いた。


「まだまだ未熟です」


「精進します」


 そこで解放されたストラスは、逃げるように研究棟へ飛び込んだ。ちなみに今回の戦艦の移動にともない、研究棟と戦艦のすぐ脇に作られる建物の間で、移動魔法陣が設置される予定だった。通勤可能範囲である。かつては考えられないことだった。


 家族と別れて出張しなくてもいいと聞き、研究志願者が殺到。さらに彼らの面倒を見る料理人や出店を含む数十人の集団も、毎日通勤が決定した。なお、通勤という表現はイザヤが持ち込んだ小説の中の言葉を流用している。もちろんイザヤの監修で許可を得た。


 徐々に日本語が浸透していく魔族は、今日もせっせと海の生き物を回収する。魔力の有無を確認し、意思の疎通が出来ない生き物は「食料」と見做して持ち帰った。ヒトデからサメ、中にはクジラと思しき巨大魚を発見した者も現れ、海は一大フロンティアとして夢を与えている。

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