239.大人も子どもも模型遊び

 この戦艦はいつから沈んでいたのか。城門前にセッティングしたテントの下で、ルシファーとルキフェルは議論を展開していた。二人が記憶を辿っても、巨大船が海に浮いて戦った姿は覚えていない。


 アベル達日本人がもたらした知識から判断して、人族があれほどの戦力を手にしたら、絶対に魔族へ向けて使ったはず。なのに応戦の記憶がないとなれば、どのような経緯で放置されたのか。沈んだ経緯も気になった。船底に穴が見当たらないのだ。


「船って、こんな感じじゃん」


 浮力については、模型を浮かべて検証したルキフェルが唸る。空気が内側にあるから浮こうとする。重い鉄で作られても、中が空洞なら理論上は沈まなかった。実際の実験は今後の課題になるが、この船を見る限り水が浸入する穴がない。


 海の中で腐食して朽ちた穴はいくつか発見されたが、沈没の原因ではないと結論づけられた。ならば、どうして沈んだのか。乗っていた者はどこへ消えたのか。唸る二人の近くには、幼子が臨時用のサークルで遊んでいた。


 船の模型は思ったより好評で、一部の魔族から土産にしたいと申し出があったので量産した。その模型を手に、幼子は「ばびゅーん」と奇妙な擬音を付けながら、投げつけ合っている。危険なので、子ども全員に結界を張ったルシファーである。


 イヴもご機嫌で、戦艦の外に付いた機銃をへし折っていた。何故だろう、ちょっと切ない。そこの部分を再現するために、魔法陣にかなり工夫したんだけどな。父の心、娘知らず。勢いよく敷物に叩き付けて、本人はご機嫌だった。


「おはようございます。魔王様、考えてみたんですけど……あの戦艦が異世界から来たとして、海に落下した衝撃で沈んだってこと、ないっすか?」


 アベルが思わぬ意見を口にした。落下した? 海に浮かぶのが船なのに。日本人がもたらした知識に拘り、ルシファー達が見落とした視点だった。


「昨日子ども達が寝た後に、アンナさんとイザヤ先輩が来ました。そんでルカも交えて話し合った結果、戦艦の底に沈没の穴がないなら……ひっくり返ったのかな? って」


 模型が欲しいと言い出したアベルに、複製した戦艦を渡すと……立った状態で頭上に掲げた。


「こんな感じっす」


 いきなり手を離す。と彼は器用に風を使って、船を逆さにひっくり返した。そのまま海へ落下したとしたら? 確かに船底に穴がなくても沈没する。


「だが……それなら逆さに沈まないか?」


「……いや、上にしか穴がなければ、水中で回転するかも」


 ルシファーの疑問に、ルキフェルが唸りながら魔法陣を組み上げる。まだ宙に浮いた模型を手に取り、四角い水を作り出した。真下で魔法陣がきらきら輝いている。


「こうして……」


 アベルが落とした戦艦を掴み、ルキフェルは水の上に浮き上がった。広げた羽がばさりと動く。真上から水に向けて落とされた戦艦は、船底ではなく甲板側から着水した。一度浮いて、横向きに倒れて……ゆっくりと沈みながら船底が下になる。


「やっぱり」


「なるほど。上に空気の逃げる穴があれば、そちらが上になるのか」


「イザヤ先輩なら理論的に語れるんすけど、俺じゃ無理です」


 笑いながら頭を掻くアベルだが、日本で学んだ教育水準は高い。魔族の一般的な教養レベルを超えていた。また視点が違うこともあり、思わぬ解決策や結論を導き出すことがある。


 戦艦は簡単に沈まないよう、隔壁と呼ばれる壁が内部に存在した。そのため、船底に穴が空いても持ち堪えるらしい。だが逆さに落ちたなら話は別だとアベルは語った。


「よく教えてくれた。アベル、助かったぞ。ありがとう」


「いえ。俺の知識だけじゃないっすから」


 日本人はこうやって礼を言われると辞退するが、これが種族の特性だろう。肩をすくめて、ルキフェルが呟いた。


「それでもさ。実績として受け取っときなよ」


「イザヤ達も含めて、後で褒美の蟹を届けさせる」


「蟹は腹一杯食べたんで、ハマグリがいいっす!」


 謙遜した側から、しっかり要望を口にする。一人っ子気質のアベルは、意外としっかりしていた。


 その日の午後、ルキフェルの作った四角い水の箱は、周囲にルカが土魔法で壁を作り、簡易プールとして再利用された。

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