214.あら、陛下。遅かったんですのね

 聖剣を握り、ぱちんと指を鳴らして着替える。紺色の衣装は胸元や背中が大きく開いたドレスだった。スリットが入り、際どい位置まで太陽の下に晒す。肌を露出するのは、精霊族の特徴でもあった。


 ルーシアのように貴族として育てられれば、外部との接触が多いので服を纏う。しかし能力を使う際は、肌が触れている面積が広いほど効果が表れた。本当に危険な時は服など邪魔なだけだった。まあ、ベルゼビュートの場合は裸体で生活することに慣れ過ぎているが。


 他人に見られても問題ないと考える彼女も、最近は少し恥じらいを覚えた。夫になったエリゴスがしつこく言い聞かせたためだ。ふわふわと風に踊る巻き毛を背に放って、海水を押し戻す湧水に魔力を注ぎ続けた。徐々に力関係が逆転し、湧水の方が優勢になる。


 海水に荒らされた大地は、草や木々からごっそりと魔力が抜かれていた。陸地へ向かい突進するために不足する力を、大地から奪い取ったのだろう。塩水を被った緑は力なく萎れた。


「困ったわね、折角元気になってきたところだったのに」


 これは災害復興担当のアムドゥスキアスを呼び付ける必要があるわ。翡翠竜一人で何とかなる状況じゃないけど、窓口はあのドラゴンなのだし。海辺近くまで押し戻したベルゼビュートは、最後まで手を抜かずに海水を砂浜の向こうへ返した。と同時に、結界を張って新たな侵入を防ぐ。


「ずっと結界を張るのも疲れるし、どうしようかしら」


 出来なくはないが、ひどく疲れる仕事を想像するだけでウンザリする。首を傾げる美女は、ピンクの巻き毛を指先でくるくる回しながら唸った。


「結界ならオレが何とかしよう」


「あら、陛下。遅かったんですのね」


 挨拶に棘はないが、言葉は結構辛辣である。逃げる魔獣を守ったのはルーシアであり、倒れそうな彼女を救ったのがベルゼビュートだ。登場が遅いと詰られても甘んじて受けるしかなかった。苦笑いしたルシファーだが、ただ遅れてきたのではない。


 先に逃げた夫ジンは、幼い姉妹を城に預けて戻ろうとした。妻を救い出すつもりだったのだろう。そこへ駆け込んできたのは、若いドラゴンを連れた魔王である。事情を聞くまでもなく状況を察したルシファーにより、若いドラゴンはジンの拘束係に任命された。


 絶対に逃がすなと言われ、敬礼して任務を受諾する。風の精霊ジンが暴れるのを、ドラゴンは強引に力技で押し切った。そう、気絶させたのだ。乱暴に過ぎるが、最終的な目的と結果に照らし合わせれば間違っていなかった。


 その騒動の横をすり抜けたルシファーの足元に、ルーシアが送られてきて……治癒の手配をしてから飛び出した。この間にアスタロトによる緊急招集が発令される。様々な種族の長や非常勤の軍幹部、大公女達が招集対象となった。


 大急ぎで飛んできたのに、すでに海水は押し戻されている。肩を落としたところに、ベルゼビュートの呟きが耳に飛び込んだ形だった。


「ジンを止めて、ルーシアを託して、緊急招集をしてきたから忙しかったんだが……よくやった」


 褒めると嬉しそうに頬を緩める。照れて頬を赤く染めた彼女は、先ほどの勇猛果敢な姿が嘘のようだった。まるで乙女のように恥じらい、嬉しそうにもじもじと聖剣を揺らす。刃を下にして柄を弄るので、足の上に落としそうで怖いが……まあ大丈夫だろう。


「海を封じる結界は引き継ぐ」


「お願いしますわ」


「代わりに後ろの森の回復を手伝ってくれないか?」


「承知いたしました」


 結界を引き受けたついでに、ベルゼビュートに頼みごとをする。森へ魔力を譲渡するなら、精霊女王の方が適任者だ。そう考えたルシファーだが、ベルゼビュートは複雑な心境で言葉を飲み込んだ。


 たぶん、魔の森はルシファー様の魔力の方が喜ぶと思いますわ……ええ、間違いなく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る