183.イヴ、人生最大のモテ期?

 ヤンの背に揺られながら、恒例のお散歩に出かける。歩いていないのだから散歩ではないと主張もできるが、この状況には理由があった。日本人夫婦の双子スイとルイが朝から付き添っている。剣術に才能があり、元勇者のアベルに師事していた。今朝は早朝から訓練を終え、こちらに合流したらしい。


 体術は父のイザヤに習ったようだ。そこらの獣人や首無し騎士相手に勝ち抜く実力を得た二人が望んだのは、魔王城への就職だった。両親も勤めているし、何より幼馴染みの子が大勢集まる場所だ。守る力の足しになればと申し出た。


「イポスをリリスの護衛にしたのは、何歳の時だったか」


 うーんと唸る。少なくとも1歳前後ではなかった。リリスが自分で話しかけたのだから、3歳くらいとして……やはりまだ早い。だがイヴはすっかり二人に懐いていた。


「るい、すい!」


 交互に指差して笑う。イヴの能力で判明しているのは、両親譲りの膨大な魔力と魔王夫妻の魔力の無効化だけ。もしかしたら、リリスのように魔力を色で見分けるかもしれない。男女とはいえ、黙って同じ服を着たら判断が難しい二人を、イヴはあっさりと見分けた。


「別に年齢は関係ないけどな」


 日本人の子である双子の魔力は、意外にも量がある。この世界に感化されたのか、生まれた時期に魔物の大量発生などがあったため、何かしらの影響を受けた可能性があった。どちらにしろ、魔力量だけなら並のエルフと張る。


 ヤンの背に揺られ、ぼんやりと考え事を続ける。腕にしがみついたイヴはご機嫌で体を揺すった。柔らかなフェンリルの毛皮がお気に入りで、撫で回す姿は微笑ましい。


「ルイとスイは魔法は苦手だったか?」


「はい、魔力を変換できなくて」


「上手に巡らず戻ってしまいます」


 魔法を使う際、魔力は体内を高速で駆け巡る。その循環回路が、うまく作動しないらしい。変換できない魔力は体内に残り、二人は身体強化に利用していた。身体強化が出来ているなら、回路が存在しない可能性は否定できる。


「魔法の勉強をもう少し頑張ったら、イヴの護衛騎士の候補になれるぞ」


「「本当ですか」」


 ぴたりとハモった二人は嬉しそうだった。実際はリリスもイヴもルシファーが守る。夫であり父である魔王が守れない状況は考えられなかった。それでも護衛には別の側面もある。


 緊急時に盾となり、逃す時間を稼ぐこと。ルシファーは配下をそのように使うことを厭う。だが、アベルやイザヤに武士道や根性論を叩き込まれた双子は、それなら役に立てると息巻いていた。武士道は父イザヤ、根性論はアベルが語り、苦笑いしたアンナが叱ったらしい。


 頑張れば何とかなるの理論は、圧倒的な力を持つ純白の魔王がいる世界では通用しないのだ。


「他にも側近候補はいるが、ひとまずルイとスイの戦う能力は護衛に値する」


 子どもが相手であろうと、認めるところは認める。ルシファーらしい判断に、ヤンが声を上げた。


「我が君、我も立候補しますぞ」


「却下だ」


「何故でございますか!」


 憤るヤンの毛皮をぽんぽんと叩き、背に乗ったルシファーが説明する。


「お前、リリスの護衛だろ。護衛対象が増えるのは感心しない。それに、若者に譲るのも大事な役目だぞ」


「うぅ゛、ならば我が孫にチャンスをお与えください。奴ならば!!」


「ああ、うん。考えておく」


 親子二代続けて、フェンリルを従えるのもどうだろう。ヤンの孫なら実力は間違いないが、他の魔獣や獣人から苦情が出そうだ。犬系だったから、次は猫系? いや、熊や鳥もいるし。


 選び放題なのも悩みが尽きない。贅沢な問題を抱えた魔王の散歩は、いつもより1時間ほど長く行われた。後ろをぞろぞろと歩く、イヴの側近立候補者の群れを引き連れて。

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