101.クビじゃなくて配置換えだ
魔の森が起きるまで数十年はあると踏んで、アムドゥスキアスの仕事を変更した。災害がないと分かっていれば、災害復旧担当は不要なのだ。合理的な判断だが、本人は泣き喚いた。
「クビにするなんて酷い! まだライに貢がないといけないんです。捨てられたらどうしてくれるんですか! 僕には卵から孵ったばかりの幼子が……」
大げさに涙をこぼして訴える翡翠竜を、面白いので放置するアスタロト。続きは何が出るのかと微笑みを湛えて待つ趣味の悪い側近の横で、ルシファーは溜め息を吐いた。これは早めに話を切り上げた方がよさそうだ。
「落ち着け。クビじゃなく、配置換えだ。部署移動ともいう。仕事はある! それも大切な幼子に関する仕事だぞ」
ぴたりと泣き止んだアムドゥスキアスは、顔を覆った両手の隙間から様子を窺う。嘘泣きを疑うほど、見事な豹変だった。金色の瞳を見つめ返し、同じ内容を再び言い聞かせた。仕事が続けられると聞いて、明らかにほっとした顔をする。
妻のレライエを働かせて、自分だけ楽をする翡翠竜ではない。どちらかと言えば、馬車馬のごとく働いて妻を崇めるタイプの男だった。
「それでは」
「ああ、給与も少し増える」
「何のお仕事でしょう!」
興奮した彼の瞳がきらきら光る。大きく左右に振られる尻尾が心境を如実に表していた。ルキフェルを含め、ドラゴン種は金に汚い。というか、貯蓄に命を懸けている個体もいるほどだ。給与が増えるとあれば、多少の過酷さは受け入れるだろう。
いや、受け入れて欲しい。過酷すぎる職場だが、彼なら乗り切れる。何しろ、被虐趣味があるからな。妻限定だとしたら、今回は限定解除してもらわねば。
「保育所の警備と治癒担当だ」
「ああ、それなら大丈夫です。任せてください!」
元気に請け負うアムドゥスキアスが、明日もこの笑顔でいられるか。心配になるが本人の意思を尊重しよう。生きて戻れと心の中でエールを送りながら、保育所の建設場所を教えた。
「本当に大丈夫か」
「責任感はあるので問題ありません。仕事の配置転換の書類には、違約金も記載しましたので……絶対に堪えてくれます」
違約金を払うくらいなら、アムドゥスキアスは堪えるだろう。恐ろしい予想を付け加えた吸血鬼王はにやりと笑った。血を吸われたわけじゃないのに、体温が下がった気がする。身を震わせた震わせた魔王は曖昧な笑みで誤魔化した。
魔王城から東へ向かう森の途中へ、新たな保育所は建てられている。魔王城から数分で到着する距離により、中庭の転移魔法陣を使って遠くから預けに来ることも可能となった。様々な種族から入所希望が集まり、職員の福利厚生を盛った結果、保育所は以前の保育園より巨大な建物となっている。
「ところで、建材は足りてるのか?」
魔王城は魔法への強い耐性を持つ銀龍石で造られているが、同等の資材がすぐに見つかったのか? 大量に署名した書類により工事は着手されたが、先ほどから工事の音がやたらと響いて気になっていた。尋ねた先で、アスタロトは署名済み書類を整理しながら平然と答える。
「足りておりますよ、ルシファー様が奇妙な毛皮や骨を貯蔵していた一画を壊して再利用しておりますから」
「何だと?!」
あれは一対一で戦った英雄たちの骨だぞ? 毛皮はかなり風化しているが、貴重な種族の牙なども保管していたのに!!
「何度も教えてきましたよね。書類はきちんと確認してから署名押印しろと……また読まずに許可したのですか。自分のミスは素直に受け入れなさい」
ショックを隠し切れないルシファーだが、中に貯蔵され保存魔法をかけていた牙や毛皮は無事である。工事前にアスタロトが収納空間へ移動させた。その事実を教えてもらえたのは、過去に戦った連中を偲ぶルシファーが泣きながら夕食を食べ終えた頃だったとか。
その後、きちんと書類を読み込むように言い聞かされたが、魔王は同じことを繰り返すのである。数万年続いた習慣は、そう簡単に直るはずがなかった。
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