88.ほかに仲間がいたようです
さわさわと葉擦れの音が心地よい空間を、無粋なノックが遮った。目を開いた先で、危険な光景が広がっており目を逸らす。露出度の高い服で平然とルシファーを見下ろすベルゼビュートは、その立ち位置が危険である認識はなかった。
かなり際どい位置まで入ったスリッドを見ないよう、隣で休むリリスへ視線を向けて起き上がる。うっかり見てしまっても、当事者同士は何も問題がない。リリスやエリゴスにバレなければ、だ。ルシファーは余計なケンカをする気はなかった。
「呼んでおいて寝てるって、どうなの」
「お前がいつ来るか分からないのに、ずっと起きてるのもおかしいだろ」
気やすい口調で文句を言う。ルシファーは欠伸をしてから大きく上に腕を伸ばした。完全に目が覚めた状態で、ベルゼビュートに数歩下がるよう命じる。それから結界内で休憩中の精霊を手の上に載せた。
「いろいろ調べた結果、異世界の金属系精霊と判明した」
「……あたくしが言った通りじゃない」
「いや、知らない味と言われただけだぞ?」
互いに言ったつもり、聞いたはず。これはリリスと同じなので、不毛な問答になる前に話を切り替えた。リリスはまだ眠っている。
「イヴちゃんはどうしたのよ」
「世界樹に預けた」
話が端的過ぎて、ベルゼビュートはきょとんとした顔をする。だが元から深く考えない性質なので、別にいいようだ。ルシファーが納得してるなら問題ないと、奇妙な信頼を見せた。
「それでいいならいいけど。貸してみて」
精霊を受け取り、じっくり眺める。羽の感じや手足を摘まんで確認した後、肩を竦めた。
「問題ないならこのまま住めばいいわ。ところで、通訳って何を伝えればいいのかしら?」
「意思の疎通が取れるのか? それなら魔族の精霊分類で預けるが」
「ああ、そういうことね」
会話を含めた意思疎通が出来ないと、魔物扱いになってしまう。精霊なので魔力は確認済みだった。ベルゼビュートは数人の精霊を呼び出し、それぞれと対面させていく。一通り終わると、にっこり笑った。
「土の精霊と交流できてますわね。ところで、この子の仲間はどこ?」
「仲間……??」
「友達が一緒に飛ばされたみたい。えっと、5人? 多いのね」
無言になったルシファーが大きな溜め息を吐いた。最初にそれを教えて欲しかった。イヴが捕まえたのは1人だけ、残りはどこへ消えた? そもそも部屋に他の精霊はいなかった気がする。
魔法陣を調べに行ったルキフェルに依頼すると危険だし。ベールもルキフェルに甘いからな。うっかり捕獲を任せたら、ついでに分解されてしまいそうで怖い。唸りながら考えたあと、目の前を飛ぶ精霊に気づいてぽんと手を叩いた。
「ベルゼ、他の仕事を後回しにしていいから、残る4人の精霊を保護してくれ」
「はぁ、構いませんけど」
精霊女王の肩書きを持つのに、他人事のような言い方をする。異世界の精霊なら管轄外かも知れないが、今後は彼女の配下になる旨を説明した。途端に保護に前向きになる。単純に理解してなかっただけらしい。
「すぐに見つけてきますわ!」
すっと消えた彼女を待っていたように、リリスが身を起こす。大きく伸びをしてから、ひょいっと木の根に手を突っ込んだ。ごそごそと何かを探す仕草をした後、当たり前のように我が子を取りだす。ぬるりと出てきたイヴは、きゃっきゃとはしゃいだ声を立てた。
「え?」
「そろそろ帰りましょうよ、寒くなってきたわ」
「あ、うん」
反応に困ったルシファーだが、灰色の精霊と仲間達はベルゼビュートに任せた。イヴも無事に帰ってきて、昼寝中のリリスも起きた。この場に残る理由はなかった。見上げた世界樹は何もなかったように葉を揺らす。抱えきれない巨大な幹と根を軽く撫でて、ルシファーは愛する妻と我が子を連れて飛んだ。
誰もいなくなった世界樹は、ざわりと葉を揺らし枝を数本落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます