86.何も分からないことが分かった
なぜだろう。渡したらこの精霊がバラバラにされる未来しか見えない。未来を視る予知能力なんてないはずなのに……青ざめたルシファーが首を横に振った。殺されると分かっているのに、渡す非道は出来ない。
「大丈夫、ちょっと分解するだけだから。あ、解体でもいいよ。分析したら返すからさ」
どの意味でも死ぬんじゃないか? 再び首を横に振るルシファーへ、ルキフェルが距離を詰める。さっと後ろに精霊を隠した。それをリリスが受け取り、イヴのおくるみに隠す。夫婦の共同作業は、初にしてはうまく機能した。
呆れ顔のベールが間に入った。意外にもルーシアは平然としている。最終的に魔王が渡すわけはないと思ったらしい。
「ルキフェル。遊んでいないで、さっさと終わらせましょう」
「はーい、仕方ないな。じゃあ、精霊を見せて」
「バラしたり、分解したり、解体したりしないか?」
「うん、調べるだけ」
用心しながら、おくるみから取り出した精霊を差し出す。まずは手を触れずに眺め、手の上に載せて唸った。この間に小さな魔法陣がいくつも浮かんでは消える。かなり詳細に調べているようだ。
「何かの金属系っぽいけど、見たことないね。僕が知らないんだし、ベルゼビュートが分からない精霊は、この世界の住人じゃないかも」
ここまで調査した結果、ベルゼビュートの味見とルキフェルの魔法陣を駆使しても「なんらかの金属系精霊」としか分からない。この時点で、間違いなく他の世界から転がり込んだと推測できた。
「珍しくベルゼの発言が真実だったな」
「ベルゼ姉さん、そこまで疑われるなんて何したのよ」
眉を寄せるルシファーの後ろで、イヴを揺らしながらリリスが苦笑いする。
「聞かない方がいいぞ」
「聞きたいならお話しします」
ルシファーとベールが同時に反対の発言をしたため、反応も真っ二つに分かれた。賢いルーシアは耳を塞ぐことを選び、リリスとルキフェルは興味を示した。
「やめておけ、聞いたら後悔する」
「聞かなくても後悔すると思う」
気になって仕方ないだろうから。ルキフェルの最もな答えに、ベールが掻い摘んで事情を話した。
魔王即位の直後に精霊と妖精の区別を間違え、あわや戦に突入するところだったこと。精霊のことなら任せてと言い置いて、大失態を犯して周囲をパニックに陥れたこと。指を折りながら丁寧に説明され、ルキフェルは声をあげて笑った。
「ベルゼ姉さんらしいわ」
「悪気がないから困るんだ」
ルキフェルも溜め息を吐く。いっそ悪意があるなら、罰すれば済む。だが善意で動いた挙句の騒動で、しかも本人のうっかりミスが多い。あれでいて、一時期は魔王候補だったのだから、担いだ精霊達も苦労しただろう。過去の精霊に同情しながら、結界の中の精霊の様子を窺った。
「弱ってるな。早く世界樹へ放り込もう」
「私も行くわ」
「当然だ。置いていくわけないだろ」
ルシファーとリリスは手を取り合い、いそいそと中庭へ向かう。大量の転移用魔法陣があるが、世界樹へ繋がる魔法陣は設置されていない。
「ヤン、護衛の仕事だぞ」
声に魔力を混ぜてフェンリルを呼び、ルシファーは足元に座標入りの魔法陣を描いた。指先でスイスイと描き上げた魔法陣は、形も装飾も申し分ない出来栄えだ。
「我が君、どちらへ」
「世界樹だ」
駆けてきたヤンの尻尾にしがみついたピヨに気付かぬまま、彼らは魔法陣で転移した。置いて行かれたルーシアは、窓際に手をついて首を傾げる。
「今の、鳳凰のヒナじゃなかったかしら」
世界樹は特別な巨木だが、火に弱い。その意味で、鳳凰を近づけたら危険な気がした。だが、王ルシファーが同行しているため、心配ないかと気持ちを切り替える。
「私って心配しすぎなのよね」
アベルがいたら、こう呟いただろう。それはフラグと言うのだ、と。
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