81.もうずっとそのお姿でいいのでは?

 ルキフェルの叫びで、ベールとアスタロトが額を押さえた。これと同じ事例を以前も経験している。そうだ、あの人はこういうところがあった。最初に疑うべきだったのに。


 大量の魔法陣を組み上げる能力は大したものだが、問題はあの性格にあった。ルキフェルのように研究職ならば、発動前に何度もテストをする。だがルシファーはそういった手順を省くのだ。面倒だとか、どうせ結果は同じと言い放つ。問題が起きてから慌てるのも、依然と変わっていなかった。


「どこで足りていないのですか」


「女性への変換と情報保存用の間が繋がってない」


 女性への変換が始まると同時に、体内の変化も始まる。その部分はきちんと連動するよう作られていた。そちらの女性化に連動して情報を蓄積する回路へ、一切アクセスできない状態だ。個々の回路は全く問題ないが、連動するための繋がりが断たれたまま。


 ルシファーが女性化する前の情報が、まったく残されていない。そこまで分かれば、逆に戻すのも簡単だった。アスタロトは収納空間へ手を入れる。何かを探し始めた。ほぼ同時に、ベールもごそごそと収納から魔法陣を取りだす。


 お互いに複数の魔法陣を目の前に出して、頷きあった。


「これは3万年前ですね」


「こちらは5千年前後です」


「ではベールの保有していた情報にしましょう」


 意味がわからず首を傾げるルキフェルの前へ、選ばれた魔法陣が差し出された。もちろん複製なので、安心して手に取る。ぐるりと眺めた後、ルキフェルは目を見開いた。これは生体情報だ。純白の髪や銀の瞳と言った特徴から、ルシファーのもので間違いない。


「どうして、こんなの……」


「以前も同じことをしましたので、常に保管するようになりました」


 ベールが呆れ混じりに年号を伝えれば、魔王史編纂へんさんを担当するルキフェルは「ああ」と納得した。6万年ほど前に、魔獣の気持ちを理解すると言って変化したら戻れなくなった事例があるのだ。あれ以降、側近は機会があるごとに情報を残して更新し続けた。


 過去のやらかしがなければ、戻れず女性として過ごすことになったかも知れない。だが同じことを何度もやらかすルシファーの性格は、万単位の年数を経ても直らないと証明されてしまった。


「戻すだけならこれでいいかな」


 ルキフェルが数枚の魔法陣を作成する。念のために実験用の兎を運び、数回実験してみた。毛色を変えた兎は問題なく戻る。後遺症もなかった。人体の方が複雑だが、魔法による効果は同じだ。


「うん、平気みたい」


 安全確認も終わり、復元魔法陣に似た3枚に情報用魔法陣を重ねた。組み込んだ魔法陣の上に対象者のルシファーを立たせ、適用するだけでいい。体には作用するが、記憶や人格への干渉はないことを再度確認した。また記憶でもなくされたら事件だ。


「さくっと戻しちゃおう」


 先頭を切って部屋を出たルキフェルは、隣の扉を叩く。返事が聞こえる前に扉を開けた。こういうところはルキフェルとリリスの共通点だ。気が短いのとも違う。単に溺愛されて育ち、自分が拒まれるなんて思いもしない子どもの感覚だった。


 開いた扉の先で、愛妻リリスと口づける純白の美女……と、その大きな胸の上に載せられた赤子イヴ。落ちないよう配慮されているが、イヴは大物ぶりを発揮した。大きな欠伸をして、もぐもぐと口を動かす。


「ルシファー、様? 何を……」


「もうずっとそのお姿でいいのではありませんか」


「僕もそんな気がしてきた」


 大公3人の冷たい視線に、慌てたルシファーはリリスを抱き直して表情を作る。謁見の時のような仕事バージョンで、口調まで変えてきた。


「余は元に戻りたい」


 話した内容はあまりに情けなく、ぷっと吹き出したルキフェルのお陰で場は和んだ。魔法陣はすぐに活用され、僅か数分後にはいつも通りのルシファーがいた。胸も平らになり、背も高くなる。ほっとした様子のルシファーを見て、リリスも笑顔を浮かべた。


「よかったわ。これで二人目が作れるわね」


 思わぬ発言に大公は赤面し、ルシファーに至っては全身が真っ赤になったとか。

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