52.負けたら魔王交代すればいいさ
「陛下?」
「ああ、お前は気づかなかったか。オレの魔力の一部が無効化された」
驚いた顔で、オレとイヴを見るベールにくすくすと笑ってしまった。
「タチの悪い冗談ですか」
「いや、無効化は本当だ。ただ、お前がそんなに驚くと思わなくて」
おかしくなった。素直にそう告げて、ルシファーは我が子を見つめる。まだ話せる年齢ではないが、魔力を扱うことは年齢と関係ない。素質の問題だった。魔力量が多くて扱いきれない子もいれば、僅かな量しかなくても生まれてすぐ力を振るう子もいる。
赤子だから、成人しているから、と年齢で判断することは危険だった。圧倒的な魔力量を誇る魔王と、魔の森の娘の間に生まれた子だ。何があってもおかしくない。
「事実なら、検証が必要です」
ベールの声が硬くなる。それもそうだろう。最強の魔王ルシファーの力が頂点にあるからこそ、魔族の統治はうまく回っている。その仕組みの根底は、あくまでも弱肉強食の掟だった。
リリスは魔力量や魔法の技量でルシファーに勝てない。だからルシファーの結界を無効にする能力があっても、危険分子として扱われなかった。もし将来的にイヴがルシファーを上回る魔力量を保有したとしたら……大公ベールの懸念はそこにある。
「検証といっても、いつ能力を発動しているのか。基準が分からないからな。もう少し大きくなってからでいいだろう」
「育ってからでは遅い場合もあります」
「ベール、イヴはオレの娘だ。どんな能力があろうと、無能であったとしても、オレは手を離す気はないぞ。リリスの時と同じだ」
長く生きたが故に、先の先まで読んで心配してしまう。アスタロトもベールも似たところがある。まだ起きていない未来の心配を真剣に口にする配下へ、魔王はにやりと笑った。
「もしオレが負けるとして、それは森の掟に従えば魔王の交代を意味する。簡単に譲る気はないぞ? これでも8万年君臨した王位だからな」
もしイヴが最強なら、魔王が交代になるだけ。これだけ長く君臨した王なら、それもありだと笑う。笑い飛ばすだけの実力と経験に裏打ちされた自信が、ルシファーにはあった。
「……わかりました。ですが大公で情報を共有します」
「その辺は任せる」
「それは別にして、ルキフェル達が遅くありませんか」
ただオークを狩るだけ。瑠璃竜であるルキフェルと、魔王妃リリスなら一瞬だろう。しかし近隣で落雷の気配もない。となれば、まだ獲物が見つからないのか。
「合流は諦めて、こちらから迎えに行けばいいさ」
ベールを範囲に含んで、ぽんと転移する。リリスの魔力を終点に指示した転移が行われたその場で、新しく生まれたばかりの森が揺れた。ざわりと大きく幹をしならせて、踊るように傾ぐ。すぽんと根を抜いて木々が歩き出した。少し先の日当たりがいい場所を見つけると、勝手に根付き始める。
不思議なこの光景を目撃したのは……散歩中のペガサスだった。驚き過ぎて落ちかけた彼は、慌てて方向転換して仲間のいる方へ逃げ帰る。その際に大声で叫んだ。
「大変だぁ! 森が攻めてくるぞぉ!!」
半分は合ってるが、半分は誤解だ。その誤解はさらに間違って伝わる。曰く「何者かが森から攻めてくる」と。伝言ゲームのように内容が変化した言葉は、数日掛けて大陸のさまざまな種族に伝わるのだが……まだ先の話だった。
「あ、ルシファー! 豚肉さん捕まえたわ」
今回は雷でどかんを止め、別の魔法で捕まえたらしい。首が地面に転がる様子から、風で切り落としたと推測された。
「立派だ。よし持ち帰ろう」
「雷は火事を起こすからやめてもらったんだ」
得意げに功績を誇るルキフェルを、ベールがベタ褒めした。リリスの腕にイヴは移動し、もぐもぐと口を動かす。
「そろそろおしゃぶりか?」
「たぶん、まだ早いわよ」
夫婦の会話は和やかで、オークの死体が複数転がる物騒な背景に似合わなかった。
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