49.生きた魔物の食肉分類は禁止

「崩れた報告はありません」


 部下がサボってる可能性も含め、ひとまず現状を報告する。ベールの口調は強張っていた。滅多に顔を出すことがない城は、持っているだけだ。権力の象徴として大公はそれぞれに城か同等の土地を持っていた。


 アスタロトの漆黒城、ベールの幻影城、ベルゼビュートは湖と森の一画を城とした。ルキフェルも普段は使わないが、山自体を城として所有している。幻影城と呼称される理由のひとつは、幻獣達が自由に出入りしていること。もうひとつは、城が浮いていることにあった。


 すでに海へ帰ったが、霊亀はベールの城の地下にいた。ずっと眠り続ける彼の上に浮く岩の塊を使って、城を作ったのだ。そのため霊亀のいなくなった城は、ルキフェルお手製の魔法陣で浮かせた。山をくり抜いた中に建つ城の外は、豊かな森に覆われている。


 その森の一部が消失したなら、大変な事件だった。どうして誰からも報告がないのか。焦った彼らは顔を見合わせ、ベールとルキフェルが確認しに城へ飛んだ。その間にリリスから状況を聞き出す役を引き受けたのが、ルシファーだった。


「リリス、状況がわからない」


「えっと、ベルちゃんのお城があるでしょ? 亀の上にあったお城」


 ここまでは合っている。ルシファーが頷くと、ぐずるイヴをあやしながらリリスが続けた。


「あのお城が入ってる山が崩れちゃったの。外側が壊れたけど、お城はロキちゃんの結界で無事だったみたい。山肌にあった森が全滅よ」


 森は全滅と表現するのが正しいのか。一瞬現実逃避した魔王だが、慌てて頷いた。ここで妙なツッコミを入れると、リリスの機嫌が悪くなる。怒らせるメリットはなかった。


「なるほど。城は無事か」


「ええ。だから連絡がないんじゃないかしら……でも見晴らしは良くなったわ。アシュタのお城も、高台でいい場所よね」


 過去に訪れた記憶が蘇ったリリスの話が逸れていく。


「アシュタのお城で、ベーコン作ったでしょう? あれ、美味しかったわ。今度は魔王城で作りましょうよ」


「あれは煙が凄いから、相談してからにしようか」


 遠回しに無理と伝える。だがこういう駆け引きは、リリスに通じない。けろりと切り返した。


「いつもはルシファーが勝手にやるじゃない。今回もそうしたらいいわ」


「あ、うん……でも、えっと……そうだな」


 なんとか抵抗を試みるが、リリスの表情が曇るのをみて負けた。最強の魔王といえど、最愛の妻には弱い。凶王扱いされるアスタロトでさえ、現在の妻アデーレに勝てないのだ。ルシファーがリリスに勝利できる日は来ないだろう。


「ベーコンの材料を捕まえなくちゃ!」


「それは城に戻って、イヴを寝かせてからにしないか?」


「イヴを置いて出かけるの?」


 質問に質問でたたみかける高等技術で対抗するリリスへ、ルシファーが手を変えた。


「イヴは常に連れて行くぞ。オレがいつもリリスと一緒だったのと同じだ」


 微笑んで、昔話へ意識を逸らす方法を選んだ。誘導するルシファーに気づかないのか。リリスはにこにこと笑みを浮かべた。


「うん、そうね。じゃあ豚肉を捕まえに行くわよ!」


「……リリス、オークを豚肉と呼んではいけない。まだ生きているからね」


 魔物のオークを豚肉に分類するリリス。死体になって解体された後なら、間違いではないが……生きているうちに分類するのは失礼だろう。そう窘めながら、以前もこんな会話をしたなと懐かしく思った。


「分かったわ。未来の豚肉さんね」


「あぶぅ」


 呼応するように両手を動かす我が子を見ながら、ルシファーは溜め息をつく。複雑そうな顔で見守る虹蛇達は、賢明にも聞こえないフリを貫いた。

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