31.ようやく興味を持った瞬間

「数千年って、中途半端ですね」


 思わず口に出したシトリーが慌てて両手で塞ぐ。しかし発した言葉は戻らない。きょとんとした後、リリスが「そうよね」と同調した。


「あの頃はまあ……年齢がまだ3千歳前後でな。千年だと短いし、万年も生きるか分からなかったから」


「現実的な数字を上げる必要はないと思いますよ。その場合は1万年でもよかったでしょう」


 ルシファーは思い出しながら呟き、アスタロトが苦笑いして肩を竦めた。記憶力抜群の彼らだから、ほぼ一言一句間違いなく再現される。そうでなければ、現在の感覚に置き換えて「数万年」になっていたかも知れない。


「ルシファーらしいわ」


 意外と真面目なんだからと笑うリリスの腕にいたイヴがぐずる。うとうとしていたのに、起きてしまったようだ。うぁああ! 声を上げて不快だと訴える我が子を、リリスは「あらあら」と呟きながらルシファーへ渡した。


 子育て経験があり、新米ママのリリスよりよほど上手にあやす。受け取ったルシファーは柔らかな表情で、我が子を揺らし始めた。ぐずぐずと文句を言うが、イヴは徐々に小声になる。もうすぐ眠るだろう。そのタイミングで、再びアスタロトが語り出した。





 地面に押し付けられたドラゴンが詫びる。必死に許しを請う姿に絆され、あっさり解放したルシファーに呆れた。これでは、魔族の頂点に立つのは無理だ。甘い対応をすれば、付け込まれる。二度も三度も再挑戦されるのは迷惑だった。


 舐められれば、いつか足元を掬われる。徹底的に潰すのが正しいと考えるアスタロトにとって、ルシファーがドラゴンを離した行動は理解し難かった。


「お前、そんな甘さは……っ」


 ばさっと羽を動かしたドラゴンが二度目の攻撃を仕掛ける。ブレスが効かぬなら、小柄な体を叩き潰せばいい。そう考えたドラゴンの足と尻尾がルシファーを襲った。ぐしゃ、ばき……嫌な音が響いて、血の匂いが漂う。心地よいはずの血の匂いに、吐き気を覚えた。


 意外とあの子供を気に入っていたのか? 自問自答するアスタロトだが、土煙の中にルシファーは平然と立っていた。踏みつけた場所から僅か一歩ずれた位置で、愛用の鎌ではなく剣を握る。血の匂いは、剣の先から漂った。


「オレは二度目を許さない」


 一度は失態もある、ミスも許そう。だが二度目は故意に仕掛けたとみなす。温情を掛けて一度目を見逃したのだ。もう一度同じ愚を犯すなら、見せしめの罰を与える。言い切ったルシファーの隣にあったドラゴンの足が、するりと崩れた。


 輪切りになった足が滑って巨体を傾け、ぐらりと傾いた首が落ちる。体のいたるところに刃が通っていたらしい。バラバラになった竜が積み重なった。肉を興味なさそうに眺め、ルシファーはアスタロトに向き直る。


「何の話をしていたっけ?」


 罪悪感も、愉悦もない。ただ当たり前の態度で、少年は純白の髪を揺らす。足元へ届く長さの髪は、さらさらと風に遊ばれて輝いた。


「配下に下れと言わない理由を聞いたところだ」


 間に飛び込んだドラゴン絡みの会話を除けば、そこに戻る。ポンと手を叩いたルシファーは、持っていた剣を放り出した。アスタロトの虹の刃と同じく、魔力で作られた剣はふわりと解けて消える。生臭い血の匂いが漂う場で、吸血鬼王を前にルシファーは無邪気に振舞った。


「次に来るとき答えを聞かせてくれ。幸いにしてオレは気が長い。いい返事がもらえるまで粘るから」


 同意以外は返答としない、そんな意思表示だった。譲るような姿勢を見せながら、その実はかなり強引な性格のようだ。これは興味深い、やはり飽きないな。アスタロトは気に入った少年に近づき、顔を寄せた。


「お前の名を聞いておこうか」

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