第3章 昔話は長いもの
28.昔懐かしい、やや気恥ずかしい記憶
かつて、魔王ルシファーがまだ少年だった頃――世界はもっと殺伐としていた。幻獣や神獣を始めとし魔獣も従える幻獣霊王ベールと精霊達を統べる女王ベルゼビュート、吸血種から獣人まで支配するアスタロトの間で戦いが繰り広げられる。その最中に突然現れた強大な魔力が、純白の髪を持つルシファーだった――。
薔薇が咲く魔王城の温室で、ルシファーは懐かしさに目を細めた。昔話がちらりと出て、リリスが興味を持ったのだ。仕事があると逃げたアスタロトやベールを除き、大公女達やルキフェルは目を輝かせて先を促した。
――圧倒的な強さを誇る3人の強者は、それぞれに淡色の外見を誇る。銀髪に青い瞳のベール、続いて金髪と赤い目のアスタロト。魔力では劣るが精霊の力を取り込めるピンクの髪と瞳を持つベルゼビュート。誰が勝っても負けても不自然ではない、微妙な均衡を保つ力関係に、純白の子どもは一石を投じた。
「この子ども、今のうちに始末した方がよさそうです」
「おやおや短絡的なことですね。コレは私がもらい受けましょう」
脅威に感じたベールが攻撃を仕掛けようとすれば、手駒として利用を目論むアスタロトが邪魔をした。そんな二人の争いに、彼らを倒そうとベルゼビュートが介入する。
「あんた達、両方とも邪魔なのよ!」
「同感です」
「本当に、ここだけは意見が一致しますね」
殺伐とした彼らの争いに、ルシファーは違和感を覚えた。これらは戦う必要があるのか? 剣と精霊の魔法を駆使して戦うベルゼビュートの強さに首を傾げる。幻獣が持つ特殊な能力を利用して立ち向かうベールや、己の強さを過信して仕掛けるアスタロト。あまりにタイプが違う3人だった。
協力したらうまく回るだろうに。ふとそう考えついた。誰かを中心に纏まれば、3人は互いの能力を生かして足りない部分を補い合う。それが最高の形だ。その考えが浮かんだこと、それが答えだった。魔の森はそれを望んでいる。
息をするように魔の森から魔力を借り受け、背に広げた黒い翼に変換していく。剣を合わせるアスタロトとベルゼビュートへ、ベールが襲い掛かろうとした瞬間を狙って、魔力の糸で拘束した。魔法を構築するより早く、本能的に魔力を放った結果だ。
彼らを絡め取った糸は、目に見えるほど魔力を強く帯びていた。締め付ければ呼吸を奪い、刃に変えれば体をバラバラに切り裂くことも可能だ。その状態で、ルシファーはにっこりと笑った。
「オレの勝ちだ。従え」
「嫌ですね」
跳ね除けようとアスタロトが魔力を爆発させる。翼や角だけでなく牙まですべて解放したアスタロトの魔力は、まるで棘のようだった。鋭い魔力が周囲に飛び散る。咄嗟に結界を張ったのは、全員同時だった。
きゃんっ! 魔獣の子がその魔力に当たった。失敗したと顔を歪めたものの舌打ちするアスタロトに、ベールが嫌味を繰り出す。心配そうにしながらも動けないベルゼビュートが、ちらちらと魔狼の子に目を向けた。
この状態でも互いを牽制し合う3人に、ルシファーの怒りと落胆は大きかった。
「お前達が傷つけ合うのは自由だ。だったら誰も巻き込むな! 巻き込んだものは責任を持って助けろ!」
敵である彼らに背を向け、ルシファーは地に膝を突く。震える魔獣の子を膝の上に抱き上げた。少し離れた場所で、親が唸る。
「安心しろ、治療するだけだ」
牙を剥いて攻撃しようとする親狼に説明しながら、子狼の背を掠めた切り傷を癒す。弱肉強食、弱ければ食われて死ぬだけ。そう考えてきた3人の価値観を変える光景だった。いや、この時点では己の変化に戸惑い、原因と目したルシファーへの反発になる。
「戦いの最中に敵に背を向けるなど……っ」
仕掛けようとした攻撃を避けるでもなく、ルシファーは結界で防いだ。ベルゼビュートの肌を何回も切り裂いた鋭い刃は、甲高い音で弾かれる。目を見開いて魔力を込め直すアスタロトをよそに、傷の治った子を親に返したルシファーは立ち上がった。
「敵に背を向けた? どこに敵がいるのだ」
お前など敵にもならない。吐き捨てたルシファーの表情は、人形のように感情がなかった。
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