18.魔王の威厳をかけて!

 散々叱られた翌日、ルシファーは側近アスタロトに起死回生の言葉を放った。昨夜、必死で考えた結果だ。


「アスタロト、昨日のことだが」


 意味ありげに言葉を切ってもったいぶってから口を開く。その間に無駄に純白の髪をかき上げたりして時間を稼いでみた。大人しく続きを待つアスタロトの赤い瞳が細められる。


「イヴを結界で包んだら、魔法が反射して彼女が危険だろう。だからオレの対応は間違ってなかった!」


 謝罪しろと言い切らないところが彼らしい。魔王として魔族の頂点に君臨し、最強の存在なのに変なところで気を使う。今回も「謝れ」と付け加えればよいものを……にやりと笑ったアスタロトが優雅に足を引いて一礼する。魔王へ向ける貴族の最敬礼だ。


「さすがはルシファー様です。姫を愛し大切にするお姿はご立派です……が」


 ここで今度はアスタロトがもったいぶる。身を起こしてローブの裾を直し、穏やかに微笑む。


「魔法を無効化する結界を張れば、姫も部屋も被害がなかったのではありませんか」


 カウンター攻撃である。見事に魔王に当たった。がくりと崩れ落ちる純白の魔王の前に膝を突き、アスタロトは淡い金髪をさらりと揺らして微笑む。


「ルシファー様、大量の書類が待っています。落ち込むのは後にしてください」


「今日はもう無理」


 精神的にやられた。そう呟いて拗ねるルシファーは、昨夜3時間もかけて考えた攻撃が一瞬で反転し、深手を負ったと主張する。その大人げない姿を見ながら、イヴを抱いたリリスが苦笑いした。この後、ルシファーが負ける未来しか見えないわ。


「そうですか。では、今日と明日は魔王妃殿下と姫殿下にお会いになれませんね。仕事をしない魔王に権利はありませんから」


「仕事する! させてください!!」


 ああ、やっぱり。思った通りの展開にリリスがくすくすと笑いだす。アスタロトの顔を見ていないルシファーは気づいていないけど、彼はずっと笑ってるわよ? 困った人だけど、可愛いんだから。イヴをあやしながらリリスは口を挟んだ。


「アシュタ、たまには負けてあげて。ルシファーは子どもなんだから」


 本人は助け船のつもりだった。だが、言葉の刃や矢はぐさっと魔王に刺さる。がくりと肩を落とした魔王の姿に、そこまで止めを差すつもりのなかったアスタロトの方が焦った。本当に仕事が出来なくなる可能性が出てきてしまった。


「ルシファー様、仕事をしましょう。さあ、こちらですよ」


 保育園児を宥めるように声をかけ、そっと手を触れて誘導する。今は魔王妃リリスから物理的に離すことが、これ以上の被害を受けないための唯一の手段だった。無自覚な攻撃程恐ろしい物はない。仕事の合間にお茶を飲みながら、二人は同じ結論に至った。


「ところで、開校日はいつだったか」


 予定表を引っ張り出すルシファーが、むっと考え込む。開校祝いに駆け付けて一言挨拶する役だが、他にその日の予定はない。またどうでもいいことに引っ掛かったのだろうと、アスタロトが眉を寄せて尋ねた。


「予定は5日後ですが、その日は他の仕事は入れてませんよ」


「うん……仕事がない日だと思って、予約を入れてしまった」


 予約? 予定ではなく? 嫌な予感のする微妙な違いに側近は口調を厳しくする。


「何を予約したのですか」


「温泉宿」


「………………キャンセルしてください」


 部屋の温度が物理的に下がる。よく見れば絨毯の上がぴしぴしと音を立てて凍り始めていた。だが結界で己を包む魔王は、気にせず溜め息を吐いた。


「折角予約出来たのに……仕方ない、挨拶が終わったら別邸に向かうか」


 温泉地には魔王の別邸がある。下手な温泉宿より立派な屋敷で、もちろん温泉も引いてあった。そちらへ遊びに行くと呟く。


「最初からそうしてください」


 キャンセルも無料ではないのですから。文句を言うアスタロトに隠れ、べっと舌を出して子どものような対応をしたルシファー。しっかり見つかって叱られたのは当然だった。


「魔王たるもの、威厳をもって行動してください! いつも言っているでしょう?!」


 余計な所作ひとつで、2時間近く叱られた。分かっているのに懲りないところが、ルシファーらしい。執務室から漏れる説教を聞きながら、アスタロト大公閣下が叱るから威厳が足りないのでは? と侍従達は笑い合った。

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