05.お祝いに何を選ぶか、センスが問われる

 重要な相談を持ち込んだ貴族は少なかったのか。急ぎの処理案件は届かなかった。不幸中の幸いだが、これでほぼすべての種族が魔王に娘が生まれた話を耳にしたことになる。あっという間に広がる噂は、魔族に新たな悩みを齎した。


「魔王様に何を献上する?」


「姫様が使う物は足りてるだろうし」


「魔王妃様に贈るか」


「それも違うだろう」


 うーんと顔を突き合わせ、種族関係なく悩みを口にする。そう、お祝いの品だ。出産騒動を聞きつけた一部の種族からは届いているが、今回の謁見で初めて聞いた者が近隣の種族に話を振った。お陰でどの種族も頭を抱えて唸っているのだ。


「うちは根を煎じた薬にするつもり」


 花人族アルラウネのアルシア子爵がぼそっと呟く。隣の領地を預かる上級妖精族ハイエルフサータリア辺境伯家のオレリアは、何かの種子を入れたガラス瓶を取りだした。


「これを使う日が来たわ! 魔王様をぎゃふんと言わせてみせる!!」


 祝いの品というより、ケンカを売りに行くような口ぶりだ。しかしプレゼントする種子は、数千年に一度しか蕾を付けない珍しい花だった。言葉の選び方が問題なだけで、贈り物は至極真っ当だ。魔獣の王灰色魔狼フェンリルは、森の大木のうろから美しい毛皮を引っ張り出した。


「我は5代目セーレの毛皮だ! きっと姫様も喜んでくださるだろう」


 嬉しそうに振る尻尾の起こす風が、後ろの木々を折りそうな強さで森を荒らしていく。魔の森は木々が折れても、草が抜けても、すべて自己修復が可能だ。数日で再建される森は、周囲の生き物の魔力を奪うため「魔の」という表現が付けられていた。


 魔族を生み出し、死後の魔力を回収して循環させ、新たな生命を生み出す母なる森である。現在その意識は眠りについているが、森の性質は何も変わらない。オレリアは細い腰に手を当て、薄緑の長い髪をかき上げた。


「ちょっとセーレ、木を倒すのやめてちょうだいね。こないだアルラウネが危険だったんだから」


 フェンリルとハイエルフの領地に挟まれ、保護されているアルラウネは「マンドラゴラ」という別名を持つ植物系の魔族だ。自ら動けないため、お祝いに駆け付ける個体は鉢に移動していた。その鉢を抱えるオレリアの注意に、セーレは慌てて尻尾を振るのを止める。だが、また動いてしまう。気を緩めると感情に素直な尻尾は、ぶんぶんと左右に揺れた。


「気を付ける。さて向かうとするか」


 転移魔法陣はフェンリルが支配する一角に置かれていた。魔獣達が積極的に利用するため、今も魔熊達が魔王城へ向けて出発するところだ。その後ろには魔鹿や一角兎も並んでいた。熊は仕留めた獲物を咥え、意気揚々と転移する。


 果物を用意した魔鹿の後ろで、一角兎は角を引きずっていた。どうやら先祖の誰かの角らしい。埋めて保管したのか、泥がついている。オレリアが一声かけてから、魔法で洗浄した。感謝する一角兎が大切そうに角を魔法陣に載せる。


 次々に転移する魔族の列は各地で途切れることはなく、かつてないほど魔法陣が酷使された。


「地脈の魔力が減った……?」


 研究室で報告を受けたルキフェルは眉を寄せる。リリスの出産に合わせて製作中のプレゼントがまだ完成していないが、緊急事態なら仕方ない。久しぶりに外へ出て、中庭から溢れる魔族の群れに遭遇した。研究棟へ繋がる通路にも魔獣からドラゴンまで、様々な種族が犇めいている。


「ただの使い過ぎだね」


 結論は出た。調査するまでもなく、転移魔法陣の過剰利用によって地脈の魔力が吸い上げられたのだろう。数日すれば空中に拡散した魔力が循環して戻るため、問題なしと報告書を作成する。それから再び研究室に籠り、翌朝ようやく贈り物を完成させた。

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