第34話 台風の中身

 私は水魔法を巧みに使いこなし海に複数個の渦を生み出した。

 こうすることで温んだ海水が深海の冷たい水に冷やされるだろう。

 台風のメカニズムは、太陽の強い日射により海水温が高くなり、水蒸気となって反時計回りに回転しながら上空に昇っていき雲になるのだが、これが長く続くとどんどんと雲が増え、集まり大きくなって台風になるという仕組みだ。

 私の役目は水蒸気の発生を抑えること。

 水蒸気が上に昇るチカラは風を生み、風は対流圏界面にぶつかり横に広がる。広がった風は山に衝突し下降して台風に戻ってくる。

 このように巡回するため、勢力は一気に消えず徐々に減少していく構造となっている。

 風来坊小町の役目は、風の巡回を絶つため、風を対流圏界面の上にある成層圏に流すこと。

 台風のエネルギーは強大だ。もしミサイルの爆発で消そうとすると地球が壊れる量が必要になる。

 台風は消せても生命体がいなくなってしまっては意味がない。

 今回の日本のように静観か避難しか手段がないのが現状だ。

 それに台風は海と陸を守るために地球が働かせた、いうなれば火傷を治療する行為。

 陸に住む生物は痛い思いをするが、なくなっていいものではけっしてない。

 だから本来の私は避難思考なのだが……

 それなのに動いたのは、歴史上もっとも強くなったこの台風に挑みたかったからなのだろうか。

 たしかに心がざわついたのは間違いない。面白そうだと思ったのも間違いない。

 気まぐれと言ったが――そうだな、直感が背中を押したから動いたとしか言いようがない。

 こういうときに動くと吉の目が出やすいのが私の人生だった。

 …………まあ、吉じゃないときは大凶級のしっぺ返しを食らったりと大変な目にあったが。


『んあああああ!! これ疲れるぅぅぅううう!! あばばばば』


 私が台風の進行方向に渦を作っていると、通信機である本から風来坊の切羽詰まった声が聞こえてきた。


「限界か?」

『ま、まだ、いけ――る、けどッ』

「見たところ順調に進んでいる。もう少しだ。君ならできると信じている。歯を食いしばって乗り切ろうじゃないか。できそうか?」

『もう少し。もう少しねッ! もう少しだけなら――やってやろうじゃない!!

 ふぬぅううう!!!』

「がんばれ!」


 ここで私が手を貸すのは容易だ。しかしそれでは風来坊の達成感にしこりを残してしまう。二人しか対応できず、片方を任されたんだ。胸を張って自慢話にさせてやりたい。

 限界のその先を体験するのだ。風来坊くん!

 台風の目から若干離れた位置にいる私は、強風と高波を背に、大雨を浴びながら上空を見上げエールを送った。


「…………ん、そろそろだな」


 しばらくして成果が現れてきた。風はそよかぜになり雨は小粒。波は落ち着きを取り戻し、雲は普段見ない高い位置にもありミルフィーユとなっている。

 幻想的だ。

 私は終了の合図を告げるため風来坊に連絡をとる。


「風来坊くん。作戦成功だ! お疲れ様!」

『はひーッはひーッ終わったぁああ! もうぶっ倒れる寸前でした! ふひーぐるじー』

「ははははは。よくやった、よくやったよ! 君の努力が、君のチカラが日本を救ったんだ。いや違ったな。友達を救ったんだ。おめでとう」

『ふふ。疲れた甲斐があるってもんですね。またおいしいごはん奢ってくださいよ』

「ああ。食べに行こう。それじゃあ戻ろうか」

『はい! え? なにあれ……ぅわッ!? がッッ痛ッきゃああああ』

「どうした!?」


 ひと仕事を終え通信を切るところだった。風来坊が何かを発見しただろう言葉のあとに重い打撃音が聞こえ、悲鳴とともに途絶えてしまった。

 緊急事態だ。私はすぐに本の魔法陣を使い風来坊のところにテレポートをした。

 本と本はリンクしているため知っていればこんな使い方もできる。

 瞬時に移動した私が見た光景は、腹が出てその上まで伸びている白ひげを貯えた巨体な男が、風来坊の頭を掴んで殴っている状況だった。


「你是谁? 你为什么要插手? 我们是如此接近!」

「ひいっやめて!」


 男は何事か叫んでいる。これは中国語か?

 いやそれよりも助けるほうが先決だ。

 私は時見の悪魔アシュタロトに使っている【拘束する鎖】の魔法を唱え白ひげ男をがんじがらめにした。


「这是什么!?」


 どうやら驚いているようだ。

 その間に私は風来坊を抱きかかえ、回復の魔法を使い傷を癒やした。


「大丈夫か? 傷は癒やしたがまだ痛むか?」

「う……ぅぅう。時渡さん。こわ、こわかったああっうわああああ」

「安心しろ。私が来たからにはもう大丈夫だ」


 風来坊は私の胸に顔を埋め大声で泣いた。

 まさかこのような事態になるとは……私は苦虫を噛み潰したような顔になっていたと思う。それほど煮えたぎっている。

 鎖の塊になった白ひげ男を睨むと、


「那个声音是日本人吗? 该死的日本人! 我不允许这样做!」


 罵倒するような雰囲気のある言葉を大声で発していた。


「お前には聞きたいことがある。通訳できる人のところまで連行させてもらう。甘く考えないことだ。まあ、伝わっていないだろうがな」


 拘束した得体のしれない男を連れて、なおかつ通訳となれば総理を頼るしかないだろう。

 実は総理執務室に飛べるように、寄付した机に転移の魔法陣を書いておいた。

 意識をそちらに向け飛ぼうとしたそのとき――


ハア!」


 白ひげ男から気合の入った声が発せられ、白く発光すると、驚くことに【拘束する鎖】を引きちぎったのだった。


「なんだと!?」


 悪魔をも封ずる信頼と実績の鎖を解かれ、さすがの私も動揺してしまった。

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