第18話 買い物の後はダンジョンへ

『ああ良かった繋がったっ! 時渡ときわたり様大丈夫ですか!? お怪我などございませんか!?』


 メインダンジョンにさっちゃんを寝かした後、外に出てすぐに三越弥恵みつこしやえから着信があり、開口一番矢継ぎ早に言われた。

 自分が紹介した場所が火事になったのだ。心配するのも無理もない話だ。

 だから私は、彼女を安心させたほうがいいだろうと判断した。


「落ち着いてください、そんなに慌ててどうしたんですか? あ、もしかして、ショッピングモールの事故に巻き込まれたのではと心配してくれたんですか? 嬉しいなぁ、ありがとうございます。安心してください。事故が起きる前にモールから観光スポットに向かったので、二人とも一切怪我はしてませんよ。疲れたので一休みしてたところが、電波が悪かったのか着信できなかったようです」

『そうだったんですか。私のせいでもしもの事が起きていたらと心配で心配で……! 本当に申し訳ございませんでした…………』


 謝罪の言葉に涙の色が浮かんでいた。


「いやいや! 待ってください。三越さんが謝る必要なんてありませんよ。事故には驚きましたが、被害はなかったですし。なにより、とても楽しく有意義な時間を過ごせたことに感謝してますよ。良い場所を紹介してくださりありがとうございました」

『うぅ……そう言っていただけると助かります』

「それとですね、三越さんのアドバイスどおり、娘に好きな服を選ばせたらものすごく喜んでまして。文字通り舞い踊ってましたよ。見てるこっちも幸せな気分を分けてもらいました」

『そんなっそんなっ私なんかのアドバイスが役に立って何よりですっ!』

「あー、三越さん。今の発言であった“私なんか”という謙遜、私ははあまり好かないな。私が頼れるのは三越さんだけなんだ。そして現状頼りたいのも三越さんだけなんだ。あなたの自信ある姿を気に入っている。濁さないでほしい。分かるかい?」

『あ、も、申し訳ございません。失礼しました。確かに、アドバイスする側が自信なさげな態度をとると、不安を感じさせてしまいますね。気づかせていただきありがとうございます』

「いや、こっちもいきなりじじい臭く説教を言って申し訳ない。逆に三越さんも、私の気になる部分があったら、遠慮なく言ってほしい。自分の直すべきところが知れるのは大歓迎だ」


 芯の部分は曲げるつもりはないが、この世界に適応するために、最善の努力は必要不可欠。時代に慣れろ。流行に乗れ。そして発信する側になることが野望への道だ。


『はい。えっと、お互いによろしくお願いいたします』


 その後、三日ほどホテルに戻れないことを告げ電話を切った。

 これでホテルのほうの心配はなくなった。次は必要最低限の買い出しだ。

 もう少し信頼関係を築いてから、さっちゃんの問題を解決していく予定だったが、ここまで状態が不安定なら、繰り上げ対処するべきだ。


「問題を先送りすると、大抵悪い方向に転がるが、今回は早すぎだろう……」


 先日ホテルに連れて行かずに、このダンジョンに引き返せば、事故は起こらなかったのだが。寝床を確保しているなら連れていくだろ普通。


「普通? くくく、普通か。長い人生、普通じゃないところにいたのにな。こっちに戻ってきて、もう馴染んでやがる。本当に住みやすいところだよ、日本は」


 山林から出ればすぐに目につく人工の光を眺め、ひとりごちる。

 気持ちのいい夜風が肌をさすり、このまま物思いにふけってしまいそうだ。

 頭を振り髪を整え気持ちを整理した。


「キャンプ用品店は……あっちか」


 鏡代わりにしたスマートフォンで調べ、闇に消える速さで向かった。


 × × ×


 一瞬、ガスの臭いが鼻をかすめると青い火が円を作った。


「手間な薪集めをしなくていいのは楽だな」


 野営の苦労と比較しながら手際よく調理を進める。

 いま私は買い物を済ませ洞窟に戻り料理をしている最中だ。フライパンで焼いているスパムから、胃袋を締め付ける肉の香りが漂い、自然と喉を鳴らした。

 ぐッうまそうだ。一つまみぐらいは――いや、だめだ! これは眠り姫のために作っているんだ! 堪えろ……耐えた先にはさっちゃんとおいしく食卓を囲む未来がある!

 徐々に洞窟内に充満していった匂いは、やがて寝ているさっちゃんのもとに届き、空腹を知らせる音が聞こえると、上体をむくりと起こした。眠り姫のご起床だ。


「ふぁ~……なんじゃ~このうまそうな匂いは~、おなかぐーぐーじゃ~」


 寝ぼけているのか演じたのか気になる語尾であったが、姫っぽいといえば姫っぽい。まさか妄想とシンクロするとは面白いこともあるものだ。


「ご飯作ってるからこっちにおいで」

「ご飯!? やったー! あ、父ちゃんおはようなのじゃ! たまらん匂いじゃなー、もう食べていいのかの? ……クーラーボックスの中身? おお、これか。机の上に並べればいいのじゃな! 任されたのじゃ!」


 せっせと並べられていく出来合いの食品。火を通したほうがおいしくなる物は私のそばに寄せてある。


「おお! ゴージャスなパフェを見つけたのじゃ!」

「お宝を発見したようだね。パフェは食後に食べる予定だから、今は溶けないようにクーラーボックスに入れておいてね」

「わしは今食べてもいいと思うぞ? 一目見てしまったらもう駄目じゃ。おなかも口もパフェを求めて暴れだしそうじゃ。そういうことなんで食べてもいいかの?」


 瞳をキラキラさせ見つめてくるまぶしい笑顔に甘い決断をしそうだ。揺らぐ気持ちをぐっと抑えなくては。


「お宝はね、最後に獲得できるからそれを目指してがんばることができるんだよ。

 お楽しみに取っておこうね」

「なるほどのー。じゃあしばしのお別れじゃー」


 さっちゃんはクーラーボックスにパフェを戻すと「がちゃん」と言って蓋を閉じた。

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