第16話 管理不行き届?

 地震体験コーナーに着いた。

 部屋を半分に切って内装が見える劇場型アトラクションになっていた。

 場所はダイニングキッチンで、中央に食卓、周りに食器棚や台所が配置されている。

 姫の話どおり、手前にはパイプ椅子が並んでおり、関係者や座りたい人が使い、パイプ椅子の後ろには、アトラクションを体験したい人たちの列が囲っていた。


 私は着くなり事情を話すと、観客席中央やや後ろに設けられたモール関係者用ビデオカメラ撮影席に案内された。

 全体を一望できる特等席で間違いない。

 スマートフォンを取り出し、カメラアプリを立ち上げ、テスト撮影をして準備を整えた。悪くない画質だが、どうせなら高性能デジタルビデオカメラを買っていればと

 残念に思う。

 暇なので周りを見ると、スタッフが慌ただしく動いてた。

 どうやらVRコーナーの人気がすごく、整列に手を焼いているようだ。

 くそ、私も体験したいのだが、あの人数を待たないといけないのか……滅入るな。

 姫に頼めば並ばずにVRをやることはできないだろうか。閉店後とかでもいいのだが。


「――――――――……!!」


 その時、ぞわりとした強い力の波動を感じた。この世界では珍しく異質な狂気の力だ。

 すぐに立ち上がり発生源のほうに首を向けると、大きな爆発音が鳴り外壁から内側に穴が空いていく光景を目撃した。


「きゃああああああああああ!!!!!」

「いてえ! あ、足がぁ潰れて……!? 助けてくれえ!」


 人通りの多さが災いして、砕かれたコンクリートが当たり、多数の負傷者が出ている。

 この時点ではまだ救助に動く者と、現状を理解できず頭真っ白状態になっている者。野次馬になる者。スマホを片手に実況し出す者がいたが、まだ続く破壊音と杭打ち機のような振動が恐怖を増長させ、黒い煙が出て火災警報器が反応してからはモール内全体は避難の声と足音で溢れかえった。


『イベント広場付近で火災が発生しました。これは訓練ではありません。これは訓練ではありません。スタッフの指示に従い速やかに逃げてください』


 繰り返される館内放送。

 本日二度目の全体避難は訓練通り上手くいってほしいものだ。そう思いながら私は被害者の救助に走り回った。


「あああああ! 足が! 骨がああ! 誰か助けてくれよお! 動けねえんだあ!」


 足が折れて骨が飛び出している重症男性がいた。

 私は上着を脱ぎながら男性に近づくと、片手で目を隠し患部に上着を被せようと浮かしている瞬間、足を手刀で両断。すぐに離れた足を掴み、雑に骨を合わせ、回復魔法を唱えた。


「な、何するんだあんた!? 俺はケガ人だぞ!!! 頭おかしいんじゃないか!? 分かった! 動けない俺から金を盗む気だろ!!! やめろ! 近づくな!! あああッ足がいてええ……ッ! 足が……って――あれ?」


 痛みを訴えていた男性が徐々に静かになっていく。


「どうやらだいぶ混乱されていらしたので、落ち着いてもらうために目隠しをしたんですよ。ちゃんと見てください。足は動くようですよ? 太ももの傷から血が多めに出たようなので、パニックになって見間違えたのでしょう。さあ立って避難してください」


 私は手を貸して男性を立たせ背中を押した。

 男性は「え? は? え? え?」と歩ける不思議に首をかしげながら避難の波に

 飲まれていった。

 そうやって重傷者を助けている間も破壊音は続く。獣の咆哮と共に……。


「ふぅ。見た限り助け終えたな。じゃあ本命に向かいますか。何が起こっているやら」


 本来、外野のケガ人は無視して、現場に一直線に向かうのが当然の状況。なぜならモールの造りがどうなっているか知らないが、裏からの破壊なら、バックヤードに入っていったさっちゃんたちをいの一番に心配するのが当然だからだ。

 しかし私はあえて見ず知らずの人を優先した。

 理由はとりあえずからだ。


 それには、私に与えられた神からの天命『魂の浄化』が深く関係している。

 天命を行うには魂が視えないと仕事にならないのだ。

 そのため、私は意識すれば魂や霊体といったこの世ならざる者を視えるようになる目を与えられている。

 さっちゃんに施した『五魂合体』も、視えるからこそ成功率が高い理由だ。

 魂が抜けていないだけで今まさに死にかけ寸前かもしれないから、やはり助けに行くのが先決ではないか? とも思慮した。

 魂が抜けていなければ、大穴が空いていようとも、最上位回復魔法で元通り――とは言わないが癒すことはできる。

 異世界ではそうだった。

 だからといって別世界の人間にも同じ作用が働くとは限らない。


 回復魔法を使ったら、ドーナツのようにぽっかりと空間のある、傷を塞ぐだけの再生も起こりうる。綺麗に治すためにも確認する必要性があったのだ。

 断っておくが、自分の都合のために知らない人を実験体に使うなんて、人でなしと糾弾するのは早計だ。運悪く被害を受けた人がいて救助して相手は助かる。こっちも確認できて助かる。Win-Winの関係が成立している。


 それに、一人だけではなく、数人助けたのだから許される行為だ。

 自分を正当化しつつ空いた穴に飛び込むと、中はあらゆる物が壊れ、散乱し、火災と煙で視界は一変した。


“一定値に達しましたので自動魔法オートマジック『スモークブロック』を発動しました。60分間煙の影響を受けません”


 賢者の石に設定してあった魔法が自動的に発動した知らせを受ける。

 他にも多数の抵抗魔法レジストマジックを設定しているので、危険地帯に容易に入っていけるのが便利だ。

 常に賢者の石が監視魔法を発動しているため、相当魔力量に自信がないと運用できないがな。


「助けに来たぞおおお! 誰かいるかあああああ!」


 ありったけの声で叫び、返事に聞き耳を立てながら、破損状況の濃いほうに進むと――


「グギャアアォオオオゥオオ」


 獣の叫び声と、バチバチと電気が跳ねる音が。

 そのすぐ後に奥から煙をかき分け、飛び出してきた着物姿の女性、姫が現れた。

 姫はハンカチを口元に当てながら言う。


「あ、あなたは……!? いえ、それよりここは危険です!! すぐに逃げてください!」

「姫さん、無事で何よりです。私の事は気にしないでください。こう見えて特殊な訓練を積んだプロフェッショナルなんです。そんな事より一人ですか? さっちゃんはどこに? まさか巻き込まれたんですか!?」

「うッ……その、巻き込まれたというか…………何とお伝えすればいいか……」


 姫は目を泳がせ口ごもる。


「失礼ですが今は緊急事態ですよ! はっきり言ってください!」


 怒気を強め問いただすと姫は慌て口調でしゃべりだした。


「ひゃいっ! あああの、頭がおかしくなったと思われるかもしれませんが、事実を言いますので! 歩いていたら急にお嬢様が苦しみだしまして、次の瞬間バケモノになってしまったのです!! 私と狐来は隠れた場所が良かったのか無傷で済みましたが、辺りはひどい有様に……」

「…………」

「疑う気持ちはご尤もです! 私も信じられない光景に、夢ではないかと今でも疑心暗鬼ですが、それでも事実そうとしか言えません! はっきりとこの目で見たのです! 今も奥で暴れておりますので、すぐにここから逃げてください!」

「さあこっちです! 早く!」と手を引っぱり逆方向に向かわせようとする姫。


 未知の怪物を前にして、一人で逃げず、発狂せず、恐怖で縮みこまず、強い心を持って客を逃がそうとする。スタッフとしての義務感からくるものなのか、彼女自身の正義感なのか。何にせよ人を守ろうとするその行動に私は尊敬の念を抱いた。


 すばらしい女性もいたものだ。ならば――

 私は引かれる手を強く握り、足を前に出し、逆に引っ張り返した。


「え、な!?」


 足に引っかかると彼女は後ろに倒れる。

 抱きかかえる形で受け止めると、私は優しくささやいた。


「あなたの行動に敬意を払います。ですがここは危険だ。私に任せてください。『スリープ』」


 眠りの魔法スリープを受けた姫は、見る見ると体から力が抜けていき、瞼を閉じた。

 深いノンレム睡眠に入ったようで寝息が聞こえてくる。


「あとは私が何もかもを解決させます。どうやらこれは、私の認識の甘さから招いてしまった事故でもあるようですし」


 今朝の事だ。私がいないだけで能力が出てしまっていたさっちゃん。

 精神的に弱いのかもしれないと分析はしていたが、自ら進んでやる気を出した状況なら大丈夫だろうと安心したのが安直な考えだった。

 育児に口を出さなかった弊害がここにきて現れたか……。

 深くため息をつく。これで反省は終わりとする。

 後悔は成長の糧だ。改善し前に進み続けることこそ我が生き様なり。

 床に寝かせた眠り姫に、魔法『スモークブロック』と『プロテクションドーム』を掛ける。青白い亀甲模様が全身を包み込み、身を守る盾となった。

 これで安全だ。あとは効果が切れる前に片づければいい。

 私は姫が来た方向に注意深く走った。

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