第11話 さあショッピングモールに行こう

「お、おお、そうか。富士山の魅力が分かるとは大した子だ。どうして欲しいと思ったんだい?」


 私は富士山が欲しいと言ったさっちゃんに疑問を投げかけた。

 そんなもの買えるわけがないと馬鹿にするのは簡単だが、あれもダメ、これもダメと否定していったら、私に何を言っても無駄という印象を与えてしまい、良好な関係を築けなくなってしまう。

 また口にした言葉が本当に欲しい物とは限らない。

 ぼんやりとしたイメージを具体的にさせ、購入できそうな物をピックアップして選ばせる。それが私流だ。まあ、本当に富士山が欲しいなら手に入れることは容易いのだが。


「大きくてきれいで、見ていると元気が湧いてくるの! 太陽と仲良く映ってるのも素敵だし、雲をマフラーにしてるのもおしゃれ! 湖面に写る逆さ富士には神様が住んでるの。だから富士山は神秘的なんだよ。こうごうしい? だよ」

「なんて……なんてかわいらしい発想力だこの子はッ」


 さっちゃんは目を宝石のようにキラキラと輝かせながら富士山の魅力を語る。そのかわいい姿にたまらず子猫を愛でるようになでまわしてしまった。


「ワッなに? なに?」


 驚くさっちゃんを十分に堪能したニヤケ面の私は、欲している物に見当をつけたので、かがんでいる姿勢の状態でこう告げた。


「たぶんだけどさっちゃんは見て楽しみたいってことなんだと思うよ。それなら写真とジグソーパズルでどうかな? 写真は大きなポスターにして壁に貼るのもいいね! ジグソーパズルは完成させるのが難しいけど、大好きな富士山を自分の手で作れるんだ。こんな素晴らしい事はないぞ」

「わぁ! 面白そう! でもジグソーパズルなんてやったことがないよ。ちゃんと出来るかなぁ?」

「一緒にやれば大丈夫さ」

「うん! すごく楽しみ~♪ ねえねえ早くお買い物いこー」


 待ち遠しくなったさっちゃんは私の手を引きぐいぐいと先を急がせた。


 ☆


 三越に教えてもらったショッピングモールに着いた。

 ここは全国でもトップクラスのおしゃれで遊べて何より安いと有名な超大型店だそうだ。来場者数は年間五千万人と化け物を通り越した未知な数字を出しており、オリンピックでも行われているかのような国籍豊かな客層となっている。

 広すぎる敷地内には簡易的な路面電車や動く歩道が設けられ移動をサポート。セールやイベント情報、現在位置といった情報を得れるスマホアプリを導入。電動立ち乗り二輪車でモール内を移動する警備員や案内スタッフたち。彩り華やかな装飾に来連客は皆心をときめかせ買い物を楽しんでいる。しかも年中無休。

 だからだろう。スマホアプリをインストールして表示されたお知らせ内容に大きく

【本日地震避難訓練が行われます。それに伴い14時~16時まで各お店での営業を一時中断させていただきます。店内放送が流れますのでスタッフの指示に従って避難行動をしていただきますよう何卒ご協力のほど宜しくお願い致します】と書かれていた。

 タイミングが悪い日に来てしまったかと思ったが【なお、訓練に参加していただいたお客様には40%引きクーポンを差し上げます】という太っ腹な運営会社に好感が持てたのと、【最近地震が多発するため】の一文に、当事者である私は少ない良心が揺れ動き、多めに商品を購入するかと思案した。

 ダンジョンをオープンしたらもっと迷惑をかけることになるのだが、それはそれでこういった店はダンジョン用ショップを設け稼ぐだろう。今日奮発するのはさっちゃんがいるから気前がいいだけだ。

 ふと異世界で防災訓練をやったことを思い出す。

 それはモンスターの襲撃に対する迎撃と避難訓練だ。

 8メートルの防壁はあっても空を飛ぶモンスターは防げない。炎を吐く飛竜の襲撃があったと想定して国全体で訓練した。

 初めは国全体でやるなんて不可能だ、気狂いだと反発されたのだが、いかに大切か説き強行。数度の訓練を行った時、襲われれば町が滅ぶと噂されていた狂暴なダークアサルトドラゴンが現れ危機となったが、訓練の成果が実り、被害を抑えることに成功した。

 一転して民や陰口を叩いていた臣下は偉大なる王と讃え忠誠を誓った。

 それ以降兵士の練度は保たれ、大きな被害も出ず、防災意識を忘れず、優秀な人材を失うことがないため繁栄していったのだ。

 訓練をやる年だけ税を軽くしたのだが、この会社のように割引クーポンにしたほうが経済が活性化したのかもしれない。勉強になった。


「…………」


 そういえば、このショッピングモールで買い物をすることを楽しみに、ウキウキしていたさっちゃんがおとなしい。というかおびえているのか暗い顔をして足にしがみついている。


「さっちゃんどうしたの? 人の多さにびっくりしちゃったかい?」

「うー、わかんない」


 人のテンションはジェットコースターのように浮き沈みの激しい生き物だ。

 うどんが食べたいと店に入ったらカツ丼を注文してしまうし、ダイエットしなきゃと言いながら甘いモノは別腹に入れる。

 珍しいことではないので“わからない”ならわからないのだろう。

 せっかく来たのだから無理やり連れ回すか? 答えはNOだ。別にネットで欲しい物が手に入るしな。

 三越に紹介されたから来た、というミッションは完了したから帰ってもいい。

 なのでさっちゃんに任せる。


「どうする? 体調悪いなら帰ろうか?」

「ううん、大丈夫。お買い物したい」

「そうか。よし! じゃあ気分転換にスイーツでも食べようか!」

「やったー! 抹茶あんみつあるかなー? まっちゃ、まっちゃ、抹茶あんみつが食べたいな♪」


 スイーツと聞き、顔に笑みを取り戻してフンフンと口ずさむ。ナニコレかわいい。

 しかし、富士山といい抹茶といい子供にしては渋い好みだな。失った記憶の手がかりになるかもしれない。


 スマホアプリで表示された店内地図を頼りに目的地に向かう。

 学生、主婦、親子連れ、旅行客、カップル、年配者、痩せた男にわがままボディの女性。あらゆる客層とすれ違うのだが……。

 私の様なスーツ姿が少なく若干浮いてる感が否めない。

 子連れの女の子を見ると、フリフリとしたドレスに近い服装だ。さっちゃんが着ている、トラの顔が全面にプリントされた力強さをアピールした子を今のところ見ていない。敵に見つかり難くするために選んだ迷彩柄のズボンを穿いてる女の子もいない。

 くッこれはやってしまったか……?

 ネットで選んでいるときに、一際存在感をアピールしている姿に惚れ、評判を表す星の数も5段階評価で4の高評価を信じ購入したのだが……。

 この私が騙されたというのか? くそ、こんなことならやはり三越に相談しておけば……!

 道中、恥ずかしさを覚えたが顔には出さず、むしろ周りが流行に遅れている、私のセンスが流行の最先端にいると思い込むことに徹した。

 さっちゃんは気にしてなさそうだし、どうせあと少しで着替えるのだ、気にするだけ無駄だ。

 ピンクの傘に長椅子がセットになった客席がいくつも用意してある、和風で統一された甘味処に着く。


「この席でみたらし団子を食べると時代劇に入ったみたいで面白いじゃないか」


 少し離れた席に座って和菓子を食べている着物を着た外国人の女性達を見て、彼女達も同じ気持ちなのだろうと勝手に共感する。

 というか、時代村なら分かるが、このモールで着物ってよっぽど好きなんだろうな。

 その中に一人花魁おいらんの格好をした金髪女性が男たちの視線を釘付けにしている。見ると脳を爆発させる恐ろしい凶器を隠さず披露。色気が限界値突破状態だ。

 向こうの人は鍛え上げた美しい肉体に自信を持っているため、披露できるシーンでの自己主張がすごい。

 抵抗力のないうぶな男性がまた一人、前かがみになって視界から消えていくのを見送った。


「わぁ……あの服きれー……」


 目立つ集団なため、さっちゃんの目にも留まり、着物に興味を持ったようだ。

 今日の予定はさっちゃんが気に入った服を買うことがメインミッションだ。

 つまり、流れとして――


「父ちゃん、あの服欲しいなー」


 まあこうなる。

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