その十二



 ワレスは魔術師たちが鏡眼と呼ぶ青い目で、少女のような魔法使いをにらみつける。


「おれの過去を勝手に見たのか?」

「ええ。魔術師にとって、それはあいさつです。が、あなたのミラーアイズの効力によって、わたしの能力ではほとんど見通せません。あなたはまだ自分の力を完全に使いきれてはいませんが、それでもわたくしていどの魔力なら、かんたんに、はねかえしてしまいます」


 ワレスは司書長がほんとのことを言っているのか測るために、しばし、その可憐なおもてを凝視した。人に知られてはいけない秘密を、心にたくさんかかえているのだ。


 ダグラムはワレスを安心させるように続けた。


「わたくしは嘘をつくことができない体質です。それに魔術師どうしのあいだでは、何を見たとしても他言はしません。我々は法の外の人間ですから」

「いいだろう。話を進めよう」


 ダグラムは一瞬、ワレスを見つめて何か言いたそうにした。しかし、思いとどまったように、いったん口をつぐむ。言いだしたのは、たぶん別のことだ。


「自己時間流というのは、個人における生まれてから死ぬまでの速さと長さです。言わば寿命ですね」

「一人ずつ違うのか」

「生きるためのエネルギーですから。生まれつき丈夫な人もいれば、そうでない人もいる。そのエネルギーの消費量をコントロールするのです」

「なるほど」


 魔術理論に花を咲かせるつもりはなかったので、ワレスはてきとうに相槌を打った。


「そんな魔法を使いこなすあなたが、なぜ、おれなんかに頼みに来るんだ?」

「わたくしでは手にあまるので、お力ぞえをいただきたいのです」

「あなたの手にあまるなら、魔術師でもないおれに、何ができると?」


 またもや、司書長は思案に暮れた。どうも、ワレスの力は借りたいが、事情を打ちあけるわけにはいかない理由があるらしい。


「あなたは嘘つきではないが、正直じゃないな。おれにナイショにしておきたいことがある」

「すみません。今はまだ、そのときではないと思いまして。いずれ、あなたとは、もっと深い話をすることになる。ある事件を通して、あなたは自らの本質に迫るときが、近い将来、必ず来ます。わたくしが教えるまでもなく、あなたは悟ることになる」


 ワレスはハッとした。

 彼女がさっきからみせるのは、ほかならぬワレスの運命に関することではないだろうか?


 おれの愛した人は、必ず死ぬ——

 その運命に縛られるのが、なぜなのか。


「司書長」


 ダグラムは首をふった。


「今はまだ……しかし、今回のこと、まんざら、あなたに無関係ではないのですよ。あなたはロンドを見ながら、自身の姿を見ることになる。それに、あなたにならロンドも心をひらくでしょう」

「あいつが、おれを好きだとかなんとか言っていたせいか?」


 ダグラムは無表情なままで、ワレスの臓腑ぞうふをえぐるようなことを言った。


「ロンドがつきまとうのは、あなたが彼に似ているからです」


 思わず、ワレスはこぶしで円卓をたたく。

「おれのどこが!」


 ダグラムは困ったような顔をした。

「似ているでしょう?」

「やめろッ! おれを憤死させたいのか?」


「申しわけありません。やはり、魔術師ではないかたとは、うまく話せないようですね。弁明させてもらいますと、ロンドは元々ああだったわけではありません。でも、正常だったころの彼は、あなたに似ておりましたよ。姿形ではなく、行動パターンが。それに、重い過去をかかえているというところがです」


 ワレスは眉をしかめる。


「気になる言いかたをするな。その感じでは、ロンドが正常ではないと言っているようだが?」

「もちろん。彼は今、正常ではありません」

「というと、心を……」

「病んでおりますね」

「…………」


 ワレスは居心地の悪い思いをした。知らなかったとはいえ、病人をけっこうバカスカなぐってきた。それはワレスの趣味じゃない。


「くそッ。でも、精気を吸われるのは、ほんとに身の毛がよだつんだ」


 ダグラムは微笑した。

「あれでも以前より明るくなりました。あなたのおかげです」

「あれで、明るいのか」

「彼が砦に来たばかりのころは、それは傷ついて、ひどいありさまでした。生きているぬけがらのような。彼は忘れるのです。あまりにつらいので、過去の記憶を消し、すべてを忘れて、ロンドという新しい自分を作りました。ときおり、ふとしたはずみで思いだして、また忘れる。そのくりかえしです。終わることのない狂気のロンド。その名もわたくしがつけました。彼のほんとの名ではありません」


「死んだ恋人というのは、過去に関することか」


「ええ。あのままでは、彼は永遠に治ることはありません。自分の過去を受け入れて、立ちむかう力が持てなければ。できれば克服してもらいたい。一度は忘れた過去の傷みを思いだすことは、残酷ではあるのでしょうが」


 ワレスにだって忘れたい過去の一つや二つはある。だからといって、かんたんに忘れられるものではない。もし自分がルーシサスにしたことを忘れられるなら、ワレスの心はどれほどラクになるだろう。だが、忘れないことが、ワレスの贖罪しょくざいなのだ。


「傷みも……自分のうちだと、おれは思うが」


 ダグラムは物悲しいような笑みを口辺に浮かべる。


「あなたは強いのですね。あなたは運命に反抗し、ロンドは受け入れた。そこが、あなたとロンドの違いです」

「そうだろう? あいつとおれはまったく正反対だ」

「そうですね。ロンドは過酷な運命に抗って、本来の自分以上に強く見せようとしていたようですから。だから、破綻はたんしたのでしょうね。ほんとは繊細で優しい性格なのに」

「おれが図太くて荒い性質だと言いたいようだな。司書長」


 ダグラムは黙りこみ、自分の発言を熟考した。


「……そうなりますね」

「ふん。繊細で正気をたもてないくらいなら、無神経でけっこう」

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