SCENE:8‐3 15時00分 汐生町 港

 豊かな金髪が風に揺らぐ。小君良い音を鳴らしながら、レンガ敷きの道を軍靴が叩く。


 海沿いの遊歩道をリリーは駆け抜けた。ときおり携帯電話に目をやりながら、力強く放たれた矢のような迷いのなさで目的地に向かう。携帯電話はレーダー画面になっており、自分を示す三角形を中心に、いくつかの点が画面上にぽつぽつと浮いている。点在する標的は東北東に向けて移動を始めていた。


 おそらく、〝スナーク隊を蹴散らせ〟という任務を完了したため、親玉のもとへ帰還しているところだ。


 負傷者が出たものの、部下たちはおおむね上手く発信器を取り付けた。敵は不審がる素振りもなく、最短ルートで一箇所に集まろうとしているようだ。


 部下たちに撤収を呼びかける際、生命なきロボットの特徴を聞いた。


 白い髪、青い目、黒いドレスをまとったティーンエイジャーの女の子……各自、表現の仕方は違ったが、スナーク隊を襲った敵はみな同じ外見をしているようだ。


 「謎の少女X」に、思い当たる節がある。


 遊歩道から外れて街中へ入ろうとしたとき、水平線からしぶきをあげてアクアバギーが走ってきた。運転席には渚が、後部座席にはネムルが乗っている。船着場に到着すると、駆け足で桟橋を渡ってくる。ネムルは携帯電話を手にしていた。


「応答がない……電話を破壊されたか」


「さりゅも出ねぇ。街中をしらみつぶしに探すしかないのかよ」


「メモリー・ラビットたちに、ユークとさりゅを見つけるよう追加設定を施した。顔認証で彼女たちに近い人物を発見すると、携帯電話に連絡が入る」


 ネムルの説明に答えるように、携帯電話から着信音が鳴り響く。


 画面を開いて、ネムルはため息を吐いた。


「……五人目のユークが出現した。汐生駅南口にいるとの情報だ」


「ひとまず駅へ向かうか」


「一戦交えたくないな」


「そりゃ俺のセリフだよ」


 沈んだ顔の友人たちへ、ハーイ、と声を掛ける。二人とも周囲に目を配る余裕を失っていたらしい。ネムルはおろか、渚までもがその声に肩を震わせた。リリーから距離を取るように、二人は後退りする。にこやかにその様子を見ながら、リリーは考える。


 楠木ネムルが海砦レムレスの外に出るなんて珍しいことだ。彼女が自分の身を顧みず、行動的になる理由は一つしかない。


 「謎の少女X」の正体を裏づける彼らの行動に、リリーは内心でほくそ笑む。


「深刻そうな顔をしてどうしたのデスカ? 何か悪いことでも起こりましたカ?」


「元凶である君に聞かれたくないよ、リリー・タイガー」


 ネムルは緑色の瞳を陰らせて、リリーを見つめる。


「厄介ごとを持ってきてくれたな。全容は掴めていないが、君の行いが火種になったことくらいは分かる」


 リリーはにっこりと微笑む。そして禁断の言葉を口にする。


「〝慈悲深き機械〟のことを教えてください」


 その言葉を聞いても、ネムルの顔色は変わらなかった。


 眠たげに細めた目が、一層眠たげに細まっただけだ。


「何を言っているのか分からないな」


 彼女は知っている。


〝慈悲深き機械〟のことを知っている。


「曼荼羅ガレージ」に、「〝慈悲深き機械〟についての考察」ノートまで隠していたにも関わらず、シラを切り通そうとしている。


 そこまでして、ひた隠しにする理由はただ一つ。


 〝慈悲深き機械〟は、ユークと関係しているからだ。


 ユークに初めて会った日のことをリリーは思い出した。


 


 どしゃぶりの雨の中、彼女とネムルは基地に連れられてきた。

 言葉も話せないほど消耗しきっているネムルとは対照的に、ユークは平然としていた。学校帰りに気になるお店へふらりと立ち寄ったときのように、基地の中をぐるりと見渡し、用意された食糧や衣料品などを手に取ったりしていた。


 敵地から死線を潜り抜けてきたというのに、なんと疲れ知らずな娘だろう。


 内心で思ったことが、いつの間にか表情に出ていたらしい。


 ユークはリリーに目を向け、つまらなさそうにつぶやいた。


「私は、肉体的疲労を感じない。脳以外の臓器も皮膚も、すべて機械でできているから」


 



「行こう」


 ネムルは振り返ることなく、背後に佇む渚に言った。ああ、と渚は頷くが、両腕を組んだまま動かない。


 サングラスの奥の瞳は、じっとネムルの背中を見つめている。まるで、ネムルを見つめ続けていれば、心に抱いた疑念が晴れるとでも言うように。


 彼自身も、知らぬ存ぜぬを突き通すネムルに、何かしら思うところはあるらしい。今の状況で厄介事を増やしたくないと思っているのか、しばらくは様子を見るつもりでいるようだ。


 アスファルトの坂道を登り、繁華街方面へ向かう彼らを、リリーはにこやかに見送る。


 仲間内で秘密を抱えることは関係破綻かんけいはたんになりかねないことを、軍を率いるリリーはよく知っていた。海砦レムレス軍の結束力はネムルの動き次第で決定するだろう。駒の少ない彼らの国は、互いを結ぶ絆の強さが国勢の強さに匹敵する。

 このまま手を下さなくとも、牙城がじょうは崩れるかもしれない。


 リリーはレーダーに目をやる。散らばった点はひとつに収束しつつある。その場所は木々の生い茂った森の中にあるようだ。ここから数キロほど距離があるが、二十キロのランニングを日課としているリリーにすれば近隣の距離である。


 長い金髪をポニーテイルに結び直すと、リリーは目的地に向けて俊足の一歩を踏み出した。


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