第10話 冒険者さん、お侍と街へ行く

「……なぁみんな、クロスって何者なんだと思う?」


 フランツは彼について、少しだけ怪しんでいることがあった。


 巨人から助けてもらったことにはもちろん感謝しているが、彼の立ち振る舞いを見ていると、自分たちとは何かが違うと感じさせられたのだ。浮世離れした雰囲気というか、洗練されているという表現が適切だろうか。とにかく一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに隙がなく、食事一つ取ってもどこか気品を感じさせる所作をしていた。


「俺さ、もしかするとクロスはニホンって国……いや、もしその国からきたって話が出鱈目デタラメだったとしても、どこかの貴族なんじゃないかと思うんだ」


 仲間たちも似たような感想を抱いていたのか、フランツの問いかけに特に驚く素振りは見せなかった。


「儂もその国からきたって話は鵜呑みにゃしとらんが……。貴族の息子にしちゃあ、アレはちと。どこの国の貴族もそれなりに剣をたしなむらしいが、あくまで手習い程度のおままごとじゃろう?」


 バルトの言う通り、貴族には剣よりも魔術を重視する風潮がある。大量発生スタンピードの際も前線には出ず、後方から支援攻撃をしている印象が強い。


「でもよ、アイツ『己の暮らす場所を守るために命を懸けるのは当然だ』って言い切ってたぜ。ありゃ貴族の言葉だろ?」


「うーん……。もしかして、騎士様なんじゃないですか? 冒険者や傭兵でも、戦争で活躍すれば騎士になれるって聞いたことがあります」


 ファラス王国では、大きな活躍をしたと国王が認めた者に騎士爵という貴族位が与えられることがある。建前上は平民や流民にもその可能性チャンスがあるとされているが、実際にはよほどの偉業でもない限り取り立ててはもらえない。事実上、家督を継げない貴族子弟たちを救済するためにあるような制度だ。相続できない一代限りの爵位のため"準"貴族などと呼ばれるが、庶民からすれば貴族は貴族である。


「あの若さで騎士っていうのも無理があるような……。他国だとそうでもないのかな?」


「そもそも、ニホンってホントに実在すんのか? 俺はアンギラにくる前は大陸中をあちこち旅してたが、魔物のいねぇ国どころか、そんな地域すら聞いたことねえぞ」


「ふむ……。有り得るとすりゃあ、北の小国群じゃな。あの辺一帯はまだ戦争も多い。今だに毎年国が増えたり減ったりしておるらしいからの」


 この大陸は列強と呼ばれる王国・帝国・聖国・共和国の4つの大国と、その周辺に点在する無数の小国で構成されている。その大国の一つ、大陸北西部に位置するオルクス帝国は、大陸統一を国是に掲げる覇権国家だ。常に周辺国を相手に侵略戦争を企てており、その煽りを受けた北の小国群は帝国に恭順する国と抗う国が小国同士でも争い合い、混迷を極めているらしい。


「いっそ明日、本人に聞いてみます? クロスさんなら意外とあっさり答えてくれそうな気もしますし」


「どうだろう……。十年も旅してるって言ってたし、貴族だとしたら何か訳ありっぽい気もするんだよね」


 冒険者にもごく稀に貴族関係者がいるが、それは若い貴族子弟のお遊びか、もしくは不祥事などでお取り潰しにされた貴族家の縁者が止むを得ず、という場合が多い。


「やめとけやめとけ。冒険者同士でもあれやこれやと詮索するのは無粋者だけよ。何者にせよ、とにかく儂らは命を救われたんじゃ。小事にこだわって大事を失う必要はあるまい」


「だな。よく分からねぇところもあるが、根は善人だと思うぜ、アイツ。でなきゃそもそも俺らを助けたりはしねえだろうさ」


「それもそうですねぇ。まぁ、巨人と戦ってる時はちょっとヤバい人なのかなと思いましたけど……。それに、みんな気が付きました? クロスさん、食事の準備で角兎も赤頭鳥も慣れた手つきで捌いてましたよ。巨人の皮を上手く剥げないって言ってましたけど、アレって私たちが無駄骨にならないように気を遣ってくれたんだと思います」


 それは……気が付かなかったな。


 もしパメラの言葉が事実なら、彼はお人好しとさえ言える人物だ。そんな相手を疑うような真似をしてしまったことに、フランツは少し後悔を覚えた。


「そうだね、出自なんて関係ないか」


「そんなことより、儂はあの強さと剣の方に興味があるけどの。まさか巨人を一撃で仕留めるとは。一体どれほど鍛錬すればあんなマネができるのか想像もつかんわい。結局、剣は見せてくれんかったが…………」


 そう言ってバルトはしょんぼりする。ここまでの道中、バルトは何度もクロスに『一目でいいから剣を見せてくれ!』『剣を触らせてくれ! 金なら払うぞ!』と頼み込んでいたのだ。


 相当しつこく食い下がっていたが、クロスは決して首を縦には振らなかった。よほど大切な剣なのだろう。


「Cランク相手に楽勝だったからね。間違いなく高位冒険者クラスの実力だと思うよ」


「弓も片手間にやってるようなレベルじゃなかったぜ。十八種の技術を身に付けてるって話もあながち大げさじゃねぇかもな。それと、あの変わった歩き方だ」


「ああ、アレか」


「確かに、独特な体の使い方だよね」


「歩き方……? どこかおかしかったですか?」


 目敏いマウリと前衛の二人はそのことにすぐに気が付いていたが、後衛のパメラには分からなかったようだ。


「普通は右手右足、左手左足を交互に前に出して歩くだろ? クロスは左右を同時に出すヘンテコな歩き方なんだよ。妙だと思って狩りの時に聞いてみたら、アイツの国じゃ当たり前らしいぜ。逆に、俺たちの歩き方が変だと思って見てたんだと。『その歩法で疲れんのか?』って、不思議そうな顔で言ってたよ」


「…………本当に、どこから来たんでしょうね」


「飯の時も不自然なほど右手を使わんようにしておった。ありゃあ、いつでも剣を抜けるように備えとるな。並の剣士ではあそこまで徹底できんもんじゃ」


「同じ剣士としては耳が痛いなぁ。それでさ、実は相談したかったのはこれが本題なんだけど……今回の遭遇戦で俺は改めて力不足を実感した。今生きていられるのは本当に運がよかっただけだ。だから、もしクロスが──────」


 結局、フランツたちの話し合いはクロスが次の見張り番を呼びにくるまで続いた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「見えたよ、あれが辺境都市アンギラだ」


 草原で朝を迎えて出立し、いくつかの丘を越えたところで、ようやくフランツたちの視界に見慣れた街の風景が入った。


 王国最西端の要所であるアンギラは高い城壁に囲まれた城郭都市だ。丘の上から見えるのは赤茶色のレンガ造りで統一された街並みと中央に建てられた領主城。周囲を見張るため一際高く造られた城の尖塔は"西方の守護塔"の愛称で呼ばれ、街の象徴シンボルとして親しまれている。


「────……驚いた。こんなに大きな街は初めてだ。堀でなく、城壁で総構そうがまえをきずくとは……。音に聞こえた大坂城もくやらん。まるで街そのものが一つの城のようだ。完成するまで一体どれだけの年月が掛かったのか想像もできん。あの長い行列は全て街に入ろうとする者たちか……。ここを治める人物は相当な傑士なのだろうな」


 クロスは遠くに見える都市を目を皿のようにして見つめ、興奮しているのかいつになく饒舌だ。自分たちの住む街を褒められ、フランツたちの顔には笑みが浮かぶ。


「さあ、今日は結構混んでいるみたいだ。俺たちも早いとこ列に並ぼう」


 景色に釘付けになっているクロスに声を掛け、一行は審査待ちの列に並んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「身分証の提示を」


 門兵に要求され、フランツたちは首に下げている冒険者証を取り出して見せる。


「よし、お前たちは問題ない。……そこの者は? 身分証はないのか?」


「ああ、他国からの旅の途中でな。身分証は持っていない。保証金を払えば中に入れると聞いたのだが」


「外国の者だったか。なら、そこの窓口で保証金を払えば問題ないぞ。ようこそアンギラへ! この街は旅人を歓迎する!」


 門兵に告げられた通り、門の横に建てられた小さな建物へと向かう。


 保証金を払ったことがないため、フランツもこの窓口は初めてだった。武装した門兵と違い、普通の女性が受付に座っている。


「保証金の支払いはここで合っているか?」


「はい、こちらでお受け付けできますよ。銀貨三枚を保証金としていただいております。それと、こちらの台帳に記入をお願いできますか?」


「承知した。では、これで頼む」


「……あの、この硬貨はあなたの国のものでしょうか。申し訳ありませんが、これは使えません。ルクス貨幣はお持ちではないですか?」


 窓口の担当者の困惑した声を聞いて手元を覗き込むと、クロスが渡したのは見たことのない四角い硬貨だった。確かに銀でできているようだが、これでは受け付けてもらえないだろう。


「クロスさん、もしかしてこの国のお金持っていないんですか? 四角じゃなくて丸いやつですよ!」


 パメラがそう教えると、クロスは何かを思い出したように別の袋を取り出し、その中身をジャラジャラと窓口のカウンターに広げた。


「この中に使える物はあるか?」


「なんだ、ちゃんと持ってるじゃないですか。あっ、これが銀貨ですよ」


 広げられた硬貨は保証金を払うには十分な額があった。というか、金貨も数枚混ざっており、ちょっとした大金だ。

 ファラス王国を知らないと言っていたクロスがなぜそんな大金を持っているのか疑問に思ったが、それを口にする前に声を掛けられる。


「フランツ。すまんが、台帳の文字が読めん。代筆を頼めるか?」


「ん? ああ、いいよ」


 台帳を見れば、名前と出身国を記入するだけの簡単なものだった。羽根ペンでサラサラと書いていく。


 ファラス王国では他の四大国と同じ共通語が使用されているが、文字を学べる機会というのは案外少ない。貴族たちは庶民に過度な知恵を与えると反乱を招くと考えているらしく、教育機関を全て王都に集約してしまっているのだ。そのため、地方に生まれた者には読み書きのできない者が多く、識字率は六割に満たないと言われている。


 フランツは小さな頃から通っていたルクストラ教の教会で、子供たちが互いに教え合う勉強会のようなものに参加して文字を学んだ。親から言われて嫌々していた勉強だったが、今となっては依頼書を読むにも大きな助けになっている。


「はい、書けたよ」


 受付に内容を確認してもらい、ようやく門を抜けることができた。露店の並ぶ見慣れた広場が目に入り、帰ってきたという実感が湧く。

 たった数日の外出のはずが、今回は色々と濃度の濃い冒険だったため、随分と街が懐かしく感じた。

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