デストロワールド
泳ぐ人
デストロワールド・前編
画面にくぎ付けになった人々の悲鳴にも似た歓声が会場を包む。彼らの前のモニターには尋常ではない光景が映し出されていた。
「だれがこの展開を予想できたでしょうか!」
実況が興奮気味にマイクに向かって唾を飛ばす。彼の言う通り、その場の誰もその光景を予想することは出来ていなかった。
身の丈ほどの刀を振るい、次々と建物を壊す幼い少年。そのアバターはプレイヤーの実年齢と見かけ上の差異はない。観戦していた少女もまた、彼に魅了された観客の一人だった。
「すごい……」
見惚れるうちに終了のブザーが鳴る。会場はその日一番の歓声に包まれた。
*
「クソ!」
ケンタウロス型アバター【セントール】を操る男は、思うようにいかない戦いにイラつきを見せていた。
「フレイムアロー!」
火炎をまとう三本矢が十五階建てのホテルに突き刺さる。爆音とともに外壁が吹き飛び、三階分の階層が大きく崩れた。しかし、建物の倒壊には繋がらない。さらなる破壊を行うために新しい矢をつがえたセントールの横を青白い光が駆け抜けていく。
「壱式・天穿拳!」
光は声を発する。スキルを発動したのだ。しかし、その威力はフレイムアローの比ではない。流星のように天から降り注ぐ光は屋上からロビーまでを一気に貫き、その衝撃は全ての階層を砕き切る。建物を完全に破壊したボーナススコアはセントールの対戦相手に入った。
水色のポニーテールをなびかせて、武器である機械手甲にネオンブルーの光を走らせるのは対戦相手の【ウミサマ】だ。彼女はすぐに次の目標へと飛んでいく。彼女とセントールのスコア差は誰が見ても覆すことができないと分かるものだったが、それでもウミサマは手を抜かない。
「クソがァ!」
セントールは何度目か分からない罵倒を吐き出して次の目標に向かう。しかし、彼我の差は埋まらない。彼が壊せば壊すほどウミサマはより大きな建物を破壊するからだ。
セントールは大差による敗北に狼狽していた。それでもウミサマは止まらない。彼女が目指すのはランドマークである真っ赤な電波塔だ。ランドマークに設定された建築物は他のものよりも頑丈だが、得られるスコアが圧倒的に多い。
セントールは敗北に打ちひしがれて、呆然と眺めることしかできない。
「陸式・
それはウミサマが今回選択した一試合一回きりの切り札、『
大質量が深紅の電波塔に突き刺さる。ランドマークに設定されただけあって、その巨大さで必壊技を一度は受け止めきったかのように見えた。しかし、その均衡もほんの一瞬だ。電波塔はその巨大な体躯を少しずつ曲げていく。
ウミサマが通過したその後には、真っ二つにひしゃげた電波塔だったものしか残っていなかった。そして、その破壊はそれだけでは終わらない。彼女の着地点には爆発が起き、巨大なクレーターが生まれたのだ。
大量のスコアがウミサマに加算される。それと同時に鳴り響くブザー。試合終了の合図だった。
「ウソだろ……」
セントールは呆然とした顔でこの試合のリザルトを眺める。二人のスコアには二倍以上の差がついていた。
*
「ふぅ……」
ログアウトの処理が終わり、ヘッドセットを外すと筐体の扉から少女が出てきた。少女の名前は
海香の顔に勝利に対する高揚はない。それどころか、不満げな表情を浮かべている始末だった。
「どったの? あんまり楽しそうじゃないよ?」
「だって……オンラインだと強い人と全然当たらないんだもん!」
海香に声をかけてきたのはスキンヘッドにひげを蓄えた強面の大男だった。しかし海香には物怖じした様子がない。彼女たちの付き合いの長さがそこに表れていた。
ここはスキンヘッドの男、
そんな店主の趣味全開の店にも筐体が入荷されるほどに『デストロワールド』は人気の作品だった。
「こういうゲームって、強い人ほどカスタム組むからねぇ。そういう人いないの? あっ、コーヒー飲む?」
「飲むけど……私と同じくらいの強さの人が周りにいないからこんな所に来てるんじゃない。売上とか大丈夫なの?」
「こんな所とか言うなよ~」
常連客にコーヒーを振る舞うゲームセンターは、海香にとって十分“こんな所”だ。
「うちの高校、デスワ部はあるけど部員がいないのよ。籍だけ置いている先輩はいるらしいけど見たことないし」
海香が入学した
「そういうもんかねえ……あっ今日火曜日か。近くのスーパーで卵が特売だからさ、海香ちゃんに店番お願いしていい?」
「良いわけないでしょう」
コーヒーを脇に置いて立ち上がろうとする店長を止めて海香は唇を尖らせる。しかし、店長は笑いながら海香の手にあるコーヒーカップを指さした。
「ほんの三十分くらいだからさ。報酬はそのコーヒーってことで。結構いい豆使ってるんだぜ? それ」
たしかにカップから立ち上る湯気はとてもいい匂いだ。さらに、奥から店長が持ってきたお茶請けのクッキーを見たら折れるしかなかった。
「……すぐ帰ってきてよね」
店長のにやにや顔がなんとも癪だったが、クッキーに伸びた腕は止められなかった。
*
入店音とともに車の走る音や商店街の喧騒が一瞬鮮明になる。それと同時に非常に喧しいグループの声が聞こえてきた。
「なんでこんな時に……」
今ここにいない店長を恨んでももう遅い。なにより、受け取ったクッキーの甘みが愚痴をギリギリのところで納めさせた。
空になったカップとお菓子を持って奥に隠れる。何かあったときに出ていくだけでも文句は言われないだろう。
壁の裏から客を観察する海香は思わず顔をしかめてしまった。明らかに素行のいい連中ではなかったからだ。
学生服姿の男が五人。そのほとんどは制服を着崩し、髪色は明るい色をしている。それだけなら眉をひそめるだけで済んだのだが、その全員が海景高校の校章を身に着けていたため、海香の表情を険しいものにさせていた。
「よくこんな穴場見つけたな、ヨウちゃん!」
「な、こんな古くせえゲーセンにデスワがあるとは俺も思わなかったぜ」
「よぉし! 負けた奴は料金おごりな! まずはオウトからやろうぜ」
呼ばれて出てきたのは一人だけ黒髪の男子生徒だった。校則を破りまくっている他の四人と違い、短めに切りそろえられた髪や着崩されていない制服姿の彼はこんなところにいるのが場違いに思える。
「なんか見たことあるような……?」
オウトと呼ばれた彼をもっとよく見ようとするも、彼ともう一人が筐体の中に入っていってしまう。顔を出すタイミングも逃してしまったので、海香は隠れながら彼らの試合を眺めることにした。
「……ひっどい」
思わずため息が出るほどに彼らの試合は杜撰な戦いだった。不良たちは、場当たり的に自分に必要のない強化アイテムを拾い集める。スキルのタイミングも必壊技の選択もすべてが嚙み合っていない。だが、それに輪をかけてオウトは弱かった。というか強い弱い以前に動作が覚束ないのだ。へっぴり腰で振り下ろされる刀は本来の破壊力を発揮できておらず、スキルは明後日の方向へ飛んでいく。空を飛ぶのもフラフラで、結局料金はすべて彼が払っていた。
オウトと呼ばれた学生は、筐体から出るたびに愛想笑いを浮かべて媚を売っていた。弱い者いじめでしかないし、不良たちにとっては実際にそうなのだろう。しかし、海香の中には一つの気づきが生まれていた。
「【サクラ】……?」
アバターの見た目が変わっていたから試合中は分からなかった。しかし、プレイヤー自身の見た目は成長していようとその面影は色濃く残っている。
その彼は海香の憧れ。デストロワールドの頂点を求めるきっかけになったプレイヤー。
四年前U17の大会で最年少優勝を果たした驚異の小学生、
しかし分からない。年上のプレイヤーをことごとく退けた彼がどうしてあれほど弱いのだろう。いじめっ子への接待プレイかと思ったが、それにしては弱すぎる。
「ギャハハ! やっぱり弱いな桜都は! ドベも決まったことだしこの後の俺らの試合の料金はオウト持ち決定な!」
下品な笑い声がこだまする。それに対して変わらず愛想笑いを浮かべる桜都を見て、海香の中の何かがあふれ出した。
「あんたら、そんなことして楽しいわけ?」
気が付いた時にはもう遅かった。隠れていた壁から飛び出してきた海香に、あっけにとられた不良たちの視線が突き刺さる。
「なんだお前」
唖然とした表情から、海香を威圧するガラの悪い表情に変わる。何も考えずに飛び出したことを海香はすでに後悔し始めていた。
(やっばぁ~~!!)
内心の冷汗を隠して、意図的に険しい表情を作る。そうしなければ、怯えがすぐに出てしまいそうだからだ。
「私はここの店員よ。アンタらが店内で問題を起こしているように見えたから出てきたのよ。分かる?」
「へぇ~問題って何だろうなァ? 俺らはこうやって仲良く遊んでただけなのにな?」
あまりにも白々しい物言いに海香は眉をひそめた。そこに愛想笑いを浮かべている桜都が目に入る。庇い立てるのも馬鹿らしくなった海香は、彼女自身も言うつもりのない言葉が口をついて出てきてしまった。
「そこにいる桜都くんとアンタたちがどんな関係か知らないけどね。彼をあまり舐めない方がいいわよ? なんせ、デスワの大会で最年少優勝を果たした凄腕プレイヤーなんだから。アンタらみたいな雑魚とはわけが違うのよ」
空気が凍る。一瞬の硬直を挟んで、不良のうちの誰かが吹き出した。それにつられて、耳障りな笑い声が伝染していく。
「ギャハハハ! こいつが強い? このゲロ野郎がか? さっきの試合見てなかったのかよ? いつまで経ってもゲームの一つも上手くならねえこいつが強いだなんて、冗談も休み休み言えよ」
威圧してくる不良たちには目をくれず、海香は桜都の方を見る。
彼は愛想笑いをやめて海香をにらみつけていた。なぜばらしたという非難の視線が強く突き刺さる。
海香は笑う。桜都の化けの皮を一枚はがしてやったという達成感がそこにはあった。もちろん、その表情がどんな結果を招くのかなんて考えてはいない。
不良たちが海香の退路を断つように取り囲む。普通の学生だったら自分から財布を差し出すような圧がそこにはあった。
「テメエ! そんなに自信があるんだったらチーム戦で俺らに勝ってみろよ。そこのお荷物とお前のチームでな」
不良たちは海香の笑顔を挑発ととらえた。そのうえでこれは勝てる勝負だと踏んでいた。さっきまでサンドバックになっていた桜都は考えるまでもなく弱い。目の前に出てきた店員もしょせんは女だ。これだけ威圧してやれば多少実力があろうとも委縮するはずだと考えた。
「いいじゃない! コテンパンにしてあげるわ!」
夏木海香は大の負けず嫌いだった。勝負を挑まれたら相手を負かすために全力を尽くす性分だった。そのため、彼女の中では彼らに対する恐怖よりも対抗意識が燃えていた。
こうしてお互いのプライドをかけた、それでいて桜都の意思の介在しない奇妙な戦いの幕が上がる。
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