29話 允生の本心?
「……んだよ、ガリ勉……」
嫌な顔をしつつも、アキラは駅のホームのベンチに腰を下ろした。
……あ、いや、そこまで長話をするつもりもなかったんだけどな……とは今さら俺からは言えない状況だった。仕方なく俺もその隣に腰を下ろす。
俺たちの脇を何人もの菫坂高校の生徒たちが通り過ぎていった。俺とアキラとの関係を知っている人間がいたのかは分からない。
「……」
とりあえず呼び止めはしたものの、何を言えば良いのか分からなかった。
「おい、ガリ勉。用があるなら早く言えよ。こっちだってヒマじゃないんだよ! 」
「……忙しいのか?何があるんだ? 」
俺は意外な気がして思わず尋ねていた。ヤンキーなんてのは暇とエネルギーを持てあましたヤツらだというイメージしかなかったからだ。
だが俺の問いにアキラは少し慌てさせたようだった。
「何があるってわけじゃねえけどよぉ……とにかく忙しいんだよ!お前にイチイチかかずらってるヒマはねえんだっての!用がないなら行くぞ、クソ! 」
「まあ待てって……何かジュースでも飲むか?おごるよ? 」」
大股を開いて立ち上がろうとしているアキラを俺はもう一度引き止めた。
今度はきちんとコイツと話がしたいと思った。
「チ、最初からそう言えよ。……コーラな」
「分かったよ」
俺は笑いながら10メートル先の自販機でコーラを2本買って戻ったところで、コイツのことがあまり嫌いではなくなっている自分に気付いた。
「ほらよ」
手にした2本のうちの1本のコーラをアキラに放る。
「……何で允生君とやったんだよ? 」
お互いコーラを一口飲んだ後、アキラの方が先に口を開いた。
「何で?何でだろうな?……成り行きだよ」
そう答えるしかなかった。昨日のは俺が望んだものではなかったはずだ。
俺の煮え切らない答えにアキラは、フンと鼻を鳴らした。
「まあ流石に允生君には勝てなかったな……。お前、あれだ。飯山のことで
「……誤解? 」
アキラが言い出したことの意味が理解出来なかった。
「允生君は飯山を本気でボコったわけじゃねえってことだよ」
「ああ……え、そうなのか? 」
そもそも昨日の昨日のことをコイツが知っているのは意外だった。まあ見ていたヤンキーたちの誰かに話を聞いたのだろうが、しかし飯山はどう見てもボコボコのボコだったが。あれが本気でなかったというのは、どういう意味なのだろう。
「お前と飯山のケンカを允生君だけが見てたと思ってるのか?他の仲間たちも見てたに決まってんだろ?……お前に負けた飯山をあえて允生君はみんな引くぐらいにボコボコにしたんだよ。飯山を助けるためにな。飯山は派手に見えて実はどこもケガはしていない」
「は?何でそんな面倒くさいことを允生はわざわざしたんだ? 」
「色々あんだよ、ヤンキーにも。お前みたいなお坊ちゃまのガリ勉には分かんないだろうけどな。……飯山はお前にボコられたってよりも、体力が切れて立てなくなったって感じだったんだろ?他の仲間たちから『飯山、根性ねえな!アイツ一回締めて根性入れ直さなきゃいけねえんじゃね? 』っていう話が出てきたみたいだぜ。……まあ、早い話がみんなでボコろうぜ、っていう話だよ。そうなる前に允生君が1人でボコった風に見せることで他の奴らの気持ちも静めて、そんで飯山の被害も最小限に食い止めたってことなんだよ」
「……そういうものなのか? 」
アキラの話を聞いても完全に信用したとは言えないが、それでもコイツが嘘をついているようには思えなかった。ヤンキー社会のことを少しは学んだつもりだったが、まさかそんな面倒なものだとは知らなかった。
……ということは飯山をボコっていた時のあの狂気に満ちた状態を、允生は演じてやっていたということなのだろうか?あの異常な姿を見ながらもアキラはそう言えるのだろうか?
そう尋ねようかと思ったが、俺の口は別のことを尋ねていた。
「なあ……允生ってどんな奴なんだよ? 」
「は?……そうだな、允生君は良いヤツだよ。強くて頭も良くて仲間想いで……」
「……本気かよ」
俺は言い出したアキラ当人を前にして思わず呟いてしまっていた。
コイツがバカなだけかもしれないが、何にせよこれだけ心酔させるのだから允生はやはりそれなりの人物ではあるのかもしれない。アキラの評価を完全に信用したわけではないが、アイツには俺の知らない面があるのは間違いないだろう。
気付くと俺は允生のことを考えてしまっていた。
昨日俺のことをボコボコに暴力を振るった男のことをである。
「……お前、もう一回允生君とやるのか? 」
会話が途切れたところでアキラが俺の顔を覗き込んできた。
「いや、そんなつもりは、ないけどな……」
俺は正直に答えた。当然だ。ケンカなんかしても何も生まれなかったことはもう分かっている。それに俺では恐らくアイツには勝てないだろう。
「ふ、それが良いぜ。お前じゃ100年経っても允生君には勝てないだろうからな」
どうやらアキラはもうコーラを飲み干したようだった。
ベンチから立ち上がり、ポンポンと俺の肩を叩いた。
「コーラありがとな」
そう告げるとアキラは去って行った。
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