2話 カツアゲ

「なあ、良いだろ……こうしてこの菫坂高校の皆を守るためには梵具会ぼんぐかいの運営費がどうしても必要なんだよ。お前らも登下校の時に危険な目に遭うのは嫌だろ?」


 昼休みに廊下を歩いていると嫌なものを見てしまった。

 例の久世アキラと飯山のペアが1年生にカツアゲをしている場面だった。

 ヤツらは菫坂梵具会すみれざかぼんぐかいというヤンキー集団に属しているらしい。


「またやってるよ……とりあえず食堂に行こうか、蜂屋さん」


 もちろん目に入れば不快な光景には違いない。だがこの学校ではこうしたことは日常茶飯事だ。そんなものにイチイチ目くじらを立てていられないほどには俺たちも大人になってしまっていた。俺たちももう3年生なのだ。


「……って、え?蜂屋さん!? 」


 だが驚いたことに蜂屋奈々子の足取りは食堂に向かってではなく、彼らの方へと向かっていた。

 驚いた俺は彼女の腕を取り強引に引き戻そうとしたが、その足取りは想像以上に強く、逆に俺の方が引きずられる形になった。


「あの!……一つ疑問なのですけれど……今以上に危険な状況というのが、登下校中の彼らに果たして存在するのでしょうか? 」


 振り向いたアキラと飯山の顔を、俺はしばらく忘れられないだろう。

 そこには明らかな狼狽が浮かんでいた。……まさかこのタイミングで誰かから声を掛けられる、それもカツアゲを止められるとは思ってもみなかったのだろう。

 だが声を掛けてきたのが奈々子だと知ると、2人はこれまた明らかな安堵の色を見せた。


「何だ、テメェ?あっち行ってろ!俺らはコイツらと話してるんだよ!……邪魔すると女だからって容赦しねえぞ! 」


 威嚇するアキラの大きな声も、睨み付ける飯山の表情もまさにテンプレ。この学校のヤンキーたちがイキった際に見せるもので、俺には見飽きたほどだった。


「……すみません!ごめんなさい!……あの、でも、質問には答えて下さいね?……3年の先輩たちからお金を恐喝されている1年生という状況以上にというものが私には想像出来なかったものですから……」


 今にも泣き出しそうな表情と蚊の鳴くような声の蜂屋さんだったが、そのおどおどした態度にも関わらず彼女は一歩も引こうとはしなかった。一体今日の彼女はどうしてしまったというのだろうか?


「は?そんなこと、お前に答える義務がどこにあるんだよ!? 」


 強がった態度は依然としてそのままだったが、アキラは明らかに調子を崩していた。イキってはいてもこうした口論には慣れていないのだろう。


「蜂屋さん、行こう!もう良いからさ……」


 再び俺は蜂屋さんの腕を掴み引っ張った。

 正論でやり込める。それではダメなのだ。行き場のなくなったアイツらは本当に暴力を振るうかもしれないのだ。

 ヤツらは基本的には女子に暴力を振るうことはない。よくは知らないがそれがヤンキーなりの美学のようだ。

 だがこの調子だとその美学も危うい。蜂屋さんの身に危険が及ぶことも十分考えられた。


「あ、允生みつお君! 」


 今にも爆発しそうだったアキラの顔がパッと明るくなった。


「お、アキラじゃん。どしたん? 」


 一人の金髪のヤンキーが俺と蜂屋さんの脇をすり抜けて間に割って入った。男物の香水の香りがツンと鼻を刺した。ソイツはアキラの傍に歩み寄り肩をポンポンと叩くと、何が面白いのかこちらを向きニヤニヤと笑った。

 三井允生みついみつお。このクラスのヤンキーたちのボスのような存在らしい。といってもこのクラスのヤンキーはここにいるアキラ、飯山、そして三井允生の3人しかしないのだが。

 それでも何かある度にアキラと飯山は「允生君、允生君! 」と言っている。3人の中でコイツがリーダー的な存在であることは間違いないだろう。




「聞いてよ、允生君!コイツらがさぁ…………」


 アキラが事情を説明すると允生は軽く頷いた。

 そして傍らで怯えていた1年生2人組に向かって、更なるニヤケ顔を向けた。


「お前ら、今日のところはもう行って良いぞ。でも梵具会の活動費のことも考えといてくれよな? 」


 解放されたと理解した1年生たちはペコペコと頭を下げると、光の速さで去って行った。


「でさぁ……君らは何で俺たちの活動を邪魔したわけ? 何か勘違いしてるんじゃない?」


 ゆっくりとどこか芝居がかったような雰囲気で、允生が俺たちの方に向き直った。


「勘違い……ですか? 」


 蜂屋さんが小首を傾げる。


「あのな?俺たちは何も自分たちが遊ぶ金欲しさに1年から金を巻き上げてるわけじゃないんだぜ?俺たちはそんな卑怯なことはしないぜ? 」


 允生は相変わらずニヤニヤとしていた。コイツは一体何が可笑しいのだろうか?


南十字星サザンクロスっていう暴走族ゾクがこの辺で幅を利かせてるのは君らも知ってんだろ?松栄商業しょーえーの馬鹿どもが作った馬鹿暴走族だ」


 三井允生に言われるまでもなく、その程度の事情はこの学校の生徒ならば誰でも知っている。松栄商業しょうえいしょうぎょうというのは隣接する高校であり、こちらも我が校と似たような雰囲気の学校だと言えば何となくの事情は察していただけるだろうか。

 今時、過剰な騒音を立てる改造バイクに跨り夜中に地域周辺を暴走する行為など時代遅れも甚だしいと思うが、確かに彼らは今もその活動を続けていた。


「で、そんな馬鹿どもと我が菫坂高校は残念なことに隣接している。迷惑を掛けられることも度々であった。だからそんな馬鹿どもから我が菫坂高校生徒諸君を守るために菫坂梵具会すみれざかぼんぐかいは結成されたんだよ。……もちろん最初は自主的にただパトロール活動をして、何度も南十字星の馬鹿どもを撃退していた。だけど会の活動維持のためにはどうしてもある程度の資金が掛かってしまうんだ。その負担を我が菫坂高校の皆に頼むのは俺たちも心苦しい。善良な生徒諸君たちにはそんなこととは無関係でいて欲しいからからな。……だけど皆を守れないのはもっと心苦しいんだよ。どうだろうか、キミたち自身の安全な学校生活のためにもここは一つ協力してくれないだろうかな? 」


 ……何だコイツは?ヤンキーの癖にやたらと弁が立つな。

 ヤンキーなんか辞めて政治家にでもなれば良いのではないだろうか?まあ反社会的勢力もトップになれば政治家と似たようなものか。


「あの!……貴方がおっしゃるのは詭弁だと思います!……つまり、暴力行為は犯罪ですから、そういった問題が起こった際には警察にお任せすれば良いのではないでしょうか? 」


 それでも引かない蜂屋さんの決死の反論に允生の笑顔が消えた。


「お嬢ちゃん?残念ながら警察は全ての問題に動いてくれるわけじゃないんだ。細かい問題に対してはその場で対応しなけりゃいけないことが沢山あるんだぜ?いちいち警察ポリのご到着を悠長に待っていたら皆のことを守れないし、多くの場面でヤツらは全く動いてくれないぜ? 」


 もういいって、蜂屋さん!何でも良いから謝っちゃおう!

 俺がそう言おうとしたところで廊下から別の声が聞こえてきた。


「松永先生、こんにちは!!」



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