7話 喪失

 長かったテスト週間も明日で終わる。慶光を目指す俺にとってはこの学校の定期テストは正直言って手ぬるい。退屈な1週間だった。

 

『のび太、明日の打ち上げの店はどこにする? 』


 テスト最終日の前夜、俺は少し焦れてのび太にメッセージを送っていた。見飽きたはずのあの顔も1週間見ないだけで恋しく思えてくるのが、少し悔しかった。


『悪い……明日は行けそうもない。蜂屋さんと楽しんできてくれ。俺は少し先に全クリしちゃったみたいだわ。お前は慶光行ってボーナスステージも思いっ切り遊んで来いよ。一足先に行って待ってるから』


 少し経ってから返ってきたメールはそんな文面だった。

 はて……?

 のび太はいつも丁寧でとても分かりやすい文章を書くが、この文章はどういう意味なのかイマイチ掴みかねた。


『いや、だから店はどこにするんだよ?お前が決めないならこっちで決めちゃうぞ? 』 


 だがいくら待ってみてもそれに対する返信はなかった。……まあアイツもテスト勉強で疲れているのだろう。時刻はもう0時を回っていた。もう寝てしまっているのだろう。

 まあ別に特段急ぐことでもない。明日は久しぶりに3人で集い、どこかでケーキでも食べるのだ。しかもその時には面倒だった中間テストも過去に過ぎ去っているのだ。 

 俺はテストがそれほど歯応えがないものだと言ったが、それでも当然多少のストレスにはなっている。緊張と緩和。ストレスがあるから解放された喜びも強く感じられるものだ。


 明日の喜びを想像しながら俺は心地良い眠りについた。





 

 キーンコーンカーンコーン。

 最終日のテスト終了を告げるチャイムが鳴った。……ようやくもようやく、といった感じだ。


「九条君……テストは、どうでしたか? 」


「ああ、まあまあ出来たと思うよ。あ、そう言えば、のび太の野郎が特に店を挙げてこないんだけど……蜂屋さんの方でどっか行きたい店はある? 」


 俺たちだけでなく、周囲の誰もがテストから解放された喜びを確かめ合っていた。テンションが上がって叫び出したくなってしまうのを皆抑えているといった感じだろうか。例のヤンキー3人衆でさえ大人しくしていた。


「おーし、みんな一回席に付け! 」


 担任の佐津川さつかわ先生が野太い声を響かせながら教室に入ってきた。

 皆黙ってそれに従う。こういう時のクラスはとても統制が取れているものだ。誰しも一刻も早くホームルームを済ませて教室から解放されたいのだ。


「中間テスト、お疲れ様だったな。……テストから解放されて嬉しいのは分かるけれど、明日も授業があるからな。あまり羽目を外し過ぎるなよ」


 佐津川先生は普段は快活というか、うるさいくらいの先生だ。

 いつもより少しだけ控え目なトーンが気になったが……そうか、テストがあったということは、これから採点地獄が待っているわけで、先生方にとってはテストの終わりは必ずしも解放ではないわけだ。

 ……だがまあ、生徒である我々にとってはそんなこと知ったこっちゃない!我々は我々の自由を満喫する権利があるのだ!






 結局2人で隣の栄町さかえまちまで行きケーキバイキングを食べた。

 蜂屋さんと2人っきりでデートじゃん……などとという甘い響きの喜びよりも、のび太がいない違和感の方が大きく落ち着かなかった。

 2人で大学に入ったら何をしたい?という話をして少しだけ盛り上がった。同じ慶光大学でも俺は経営系の学部、蜂屋さんは文学部を志望している。蜂屋さんもまだあまり明確な大学生活をイメージしているわけではなさそうだった。


 甘いケーキを沢山食べて若干の胸やけを起こして、その日は早めに帰宅した。3人だったらきっとその後どこかに遊びにいっていたことだろう。


『おい、のび太!結局蜂屋さんと2人で隣町のケーキバイキングでしこたまケーキを

食べてきたぞ!羨ましいだろ!テストが終わって疲れてるとは思うが、また明日からは昼休み3人で集まるんだぞ、良いな? 』


 夕方早めにのび太にメッセージを送ったが、既読の文字は付かなかった。

 一体どうなっているのだろうか?単にアイツのスマホの故障だろうか?

 俺はのび太とのメッセージのやり取りを見返してみた。 

 ……いや、まさかな。もしかして、俺と蜂屋さんをくっつけようとして余計な気を回しているのではないだろうか?とふと思った。

 そんなんじゃねえぞ、のび太!

 もちろん蜂屋さんのことが嫌いなわけではないけれど、この3人で俺たちは関係性を構築してきたのだ。そこから誰かが増えたり欠けたりするというのは想像も出来なかった。




 翌日は小雨が降っていた。

 テストの開放感は昨日だけ。また今日から勉強に集中し直さねば。

 すぐにチャイムが鳴り、佐津川先生がホームルームのために教室に入ってきた。

 起立!礼!


 いつもの日常はあまりにいつもの日常だった。

 テストが終わった瞬間の喜びを想像していた時の、浮かれてソワソワしていた気持ちがまるで嘘のようだった。

 周りのクラスメイトたちもまるで判で押したかのようにいつもの日常を取り戻していた。……ひょっとしてモブキャラなのは俺たちじゃなくて、コイツらなのではないかと勘違いするほどだった。


 だが俺たちの日常はすでに大きく違ってきてしまっていた。

 3人のうちの1人がいないのだ。まるで大きな喪失感だった。

 もちろん俺は何度ものび太にメッセージを送った。

 だが既読すら付かない。焦れた俺は電話もしてみた。通話したことなんて中学からの付き合いの中で多分一度もなかったのにだ。だが発信すらきちんと出来ない状態だった。

 一体どうなっているのだろうか?何か俺がのび太を怒らせてしまうようなことを気付かぬうちにしてしまったのだろうか?とも思った。

 それなら幾らでも謝るし、必要なら土下座でも何でもするから、アイツの顔が見たかった。


 もちろん隣のクラスの人間……のび太のクラスメイトにも聞いてみた。

 やはり中間テスト最終日から、のび太は一切学校に姿を現していないとのことだった。一応は病欠ということらしかったが、その前までのび太に体調不良の様子などは見られなかったとのことだ。

 そもそも話を聞いても隣のクラスのヤツらは、のび太のことにさして興味がなさそうな感じがした。のび太もモブキャラに徹してきたことの弊害かもしれなかった。




 そんな状態が1週間ほど続いた。

 そこでようやくタイミングが合ったので、俺は思い切って隣のクラスの担任である西山先生に「海堂のび太はどうなっているんですか? 」と尋ねた。


 そして返ってきた答えは「ああ、海堂君はご家庭の事情で退学したぞ」といういかにも事務的なものだった。



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