21話 どう攻略すればいい?

(来た!)


 アキラとの初戦に勝利した後のこの2日間、もちろん俺は次のターゲットである飯山の攻略法を考えてきた。

 ただ今回は2日間しかない。新たな武器を身に付けるほどの時間はなかった。むしろ無理矢理に付け焼刃の武器を増やしても実戦の中で使えるようにはならないだろう。大丈夫だ。今あるもので充分に勝てる。そう自分に言い聞かせた。

 もちろんそれは自分に対するマインドコントロールではない。

 客観的に考えて俺の方が有利に思えたのだ。


 飯山は180センチ、100キロ近い巨漢だ。もちろんパワーは凄いのだろうが、いつ見ても鈍重な動きをしているイメージしかない。どれだけパワーが強かろうが攻撃を受けなければ何らダメージをもらうことはないのだ。

 アキラの俊敏性を攻略した俺からしてみれば、飯山の攻撃をかわし続けることはさして難しいことでもないように思えた。

 攻撃面でも同様だ。

 スピードというのは攻守両面において大きな要素だ。飯山が俺のパンチを避けたり、スッテプによって間合いを外したりといった防御が出来るとは想像も出来なかったのだ。


 この前はチンピラに絡まれてそれに逆襲した話をさも自慢げに話していたが、俺はそれすらも怪しいと思っていた。ヤンキー特有の仲間内でのフカシではないのか、と俺は正直その話を信じていなかった。



「九条君! 」


 蜂屋さんの鋭い声で俺は我に返った。


(……速い!マジか!? )


 いざケンカ開始とはなったものの俺はまだどこか油断していた。飯山もどうせスロースターターなのだと高を括っていたのだ。

 だが飯山はいきなり全力でぶつかってきた!

 タックルというほど体勢の整ったものではない。自分の身体ごとぶつけてくるようなだ。

 虚を突かれた俺はそれをもろに受けもんどり打って後方に転がる。

 幸い右手一本を後ろに突いて頭を打つことは回避した。おまけに飯山のぶちかましが強烈すぎたのか、俺はちょうど後転をするような形で綺麗に正面を向いて飯山と正対した。

 すぐそこに屋上の落下防止の網状のフェンスがあった。体勢を崩しながらも俺はそれを掴み、蹴りを放ち飯山を突き放した。

 何とか距離を作り、もう一度間合いを取って俺と飯山は正対した。蹴りは飯山の肩口に当たりはしたがダメージと言えるほどのものは無いだろう。


「……クソ」


 ヤバかった。どこか打ち所が悪ければ最初の一発でもう俺は地面に伸びていただろう。

 すげえ圧力だ。おまけに想像以上のスピードだった。

 尻の辺りから背筋を悪寒が駆け上ってきて、脇からは冷や汗が出た。

 もう一度あのぶちかましを食らったら恐らく俺はもう立てないだろう。立てなくなった俺を飯山は容赦なくボコボコにするだろう。そこに容赦を求める方がどうかしている。


「チ……運が良かったな」


 飯山はニヤリと笑った。自分の勝利が万が一にも揺るがないと確信している笑みだ。


(いや、全然運が良かったとは言えないぜ……)


 一巻の終わりは何とか免れたが、後ろに吹き飛ばされた時に床に突いた右手の手首がジンジンと痛んだ。明らかに負傷した痛みだ。


(クソ、どうすれば勝てる? )


 これでは満足な右のパンチは打てないだろう。俺の武器はパンチのみ。それも強い攻撃と言えるのは右ストレートだけだ。

 俺にはどう勝てるのかまるでビジョンが見えなかった。


 ……いっそ土下座でもして謝ってしまうか?まだ今の段階なら飯山に対してそれほど決定的な攻撃を加えてはいないのだ。もしかしたらそれで見逃してくれるんじゃないだろうか?


(……バカか、お前は! )


 ここで逃げたら、きっとのび太の事件をこれ以上追求することは出来なくなる。

 飯山に降伏してしまったら、允生にも、一度は勝ったアキラにも完全に舐められるだろう。

 俺がケンカを吹っ掛けていったこともヤツらは周囲に大袈裟に吹聴するに違いない。俺のモブキャラ戦略も崩れ慶光への進学にも響いてくるかもしれない。

 絶対にここで負けるわけにはいかないのだ!


 俺は両手を再び自分の目の高さに持ってきて、ファイティングポーズを取った。

 まだ俺に戦意があることを見て取った飯山が再び笑った。どこか俺を哀れむような笑みにも見えたし、弱者をまだ虐めることを喜ぶ残虐な笑みにも見えた。




 俺と飯山は再び2メートルほどの距離を取って正対していた。

 俺が両手を目の高さに上げてしっかりとした構えを取っているのに対し、飯山は両手をダラリと下ろしていた。

 足の置き方は俺が左足前・右足後のオーソドックスの構えを取っているのに対し、飯山は両足を真横に揃えて手を大きく広げた構えを取っていた。


(クソ、デカいな……)


 両足を揃えた構えというのは本来はあまり好ましくないはずだ。

 前後のステップが出来ないから、攻撃にも防御にも一歩対応が遅くなるからだ。

 だが飯山と俺との体格差なら話は変わってくる。両手を広げた飯山は実際の身体よりも倍くらい大きく見えた。

 俺はどこに動いても捕まえらえるようなプレッシャーを強く感じていた。

 

 ニヤリと笑った飯山が一瞬身体を沈めた。


(……来る! )


 再びあのぶちかましが来ると予測した俺は右後方に大きくバックステップをして距離を取った。

 ……だが予想に反して飯山は今度は突っ込んでは来なかった。フェイントだ。


「おいおいおい、ガリ勉。いくら何でもビビりすぎだろ? 」


「……うるせえ」


 あのぶちかましを食らって床に転がされたら、今度こそ俺は終わる。

 ビビりだと何だと言われようとも俺は距離を取るしかないのだ。



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