目が届かない領域
茶道部の部室は二階の端にある和室。部長の桜坂はそこのカギをこっそり複製し、いつでも使えるようにしていた。授業をさぼってそこでギャンブルをしたり、女を連れ込んだり。いじめなどの暴力行為こそないが、先生の目の届かない領域になっていた。
「せーんぱい」
学校の生徒が授業を受ける中、茶道室に入ってくるものがいる。赤川だ。慣れた手つきで扉を開け、遠慮なく中に入っていく。そこにはにやにやと笑みを浮かべる桜坂がいた。
「おう。そんじゃ楽しもうか」
「やーん、センパイがっつきすぎ。そんなに私の事が好きなの?」
「おう。この胸とか最高だぜ」
「胸だけ?」
「当然アソコもな」
「やーらしー」
服を脱ぐのももどかしい、とばかりに桜坂は赤川の体を愛撫する。乱暴で自分勝手なペース。だけど赤川はそれが自分を求めているのだと受け入れていた。力強い手で体に触れられ、自分が必要とされているのだと満たされる。
(私はアイツラとは違う)
熱くなる肉体に翻弄されながら、赤川は優越感に浸っていた。
(センパイにここまで愛される私は、あの三人なんかと女としての格が違う。つまんないことで騒いで謝れとか言ってくる器の小さい女じゃ、センパイに愛されないもん)
ついさっきSNSで喧嘩した緑谷たちの事を見下す赤川。誰とも付き合ってるわけじゃない。男に抱かれたことのないブスたち。男に求められることのないつまんない女。
(私は三人のセンパイに愛されてる。
真面目で頭のいい紺野センパイ。サッカー部エースの蘇芳センパイ。ワルでワイルドな桜坂センパイ。三人のイケメンに愛される私はあいつ等なんかと人間としての格が違う。女としての価値が違う。
つまんない嫉妬で噛みつくとか、バカみたい。私についてくれば、そのおこぼれぐらいは貰えたかもしれないのに)
私は愛されている。
それは赤川にとっての最高の価値だった。男に、友達に、妹に、父に。愛されて、心配されて、崇められて。私はそうあるべきだし、それが当然だ。そのために頑張ってきた。そのために努力してきた。その結果が、今だ。
(私はあんなクズなんかと違う。私は愛されている。私の体、私の顔、私の性格。全部全部愛されるべき。それ以外の女なんてみんなクズ。緑谷も、柴野も、桃井も死ねばいいのに。
ムカつくムカつくムカつく! 私を愛さない奴は、皆ムカつく!)
だから自分を愛さない者は徹底して嫌う。
だから自分が愛するセンパイに手を出そうとする白石は徹底的に壊す。
私が愛される以外の未来なんていらない。私の愛を邪魔するなら、人生ごと壊す。
「どうした? なんか顔が怖いぞ」
「なんでもなーい。……もっと、気持ちよく、シテ」
桜坂の声に我に返る赤川。怒りで顔がこわばっていたらしい。声を出して感情をリセットし、艶のある声を出して誘う。怪訝に思いながらも桜坂は赤川の制服に手をかける。ボタンをはずし、赤川の胸に直接触れ――
「おい、開けろ!」
突如怒声と共に扉が激しく叩かれる。ドアノブが何度もガチャガチャと回り、体当たりをしているのか、扉から響く音はどんどん大きくなる。あまりの音に桜坂と赤川は目を丸くして行為を中断した。そして――
「桜坂、てめぇ!」
何度目かの轟音の後に、扉が破壊されるように倒れる。そこにいたのは、
「す、蘇芳センパイ!?」
「助けに来たぞ! 聡子!」
蘇芳の目に映るのは、素行の悪さが噂される桜坂に制服を脱がされ、胸を揉まれている赤川の姿だ。二人がどういう行為に至ろうとしているのかなど、一目瞭然である。
「ちょ、お前部室の扉壊しやがって!」
「うるせぇ!」
「やりやがったな、この野郎!」
叫ぶ桜坂に殴りかかる蘇芳。桜坂は突然現れた乱入者に怒りが沸騰し、感情をぶつけるように殴り返す。
「きゃあああああ!?」
突然始まった大喧嘩。それを前に、赤川は叫ぶことしかできない。胸元を隠すこともせず、2人の殴り合いを見ることしかできない。何、何なの、何が起きているの……なんでここに蘇芳センパイがいるの……?
「俺の聡子に手を出しやがって!」
「何が俺の聡子だ! 勝手にオレの女宣言すんじゃねぇ!」
「脅して無理やりヤロうとしたくせに!」
「何わけのわからんことを!」
自分の恋人を奪う間男は許せない。二人の男はその感情のまま殴り合う。
「おい。止めろ!」
そこに第三の介入が入ってきた。混乱している赤川はこれ幸いと問題解決を任せようと振り向き、
「え? 紺野、センパイ?」
そこにいたのは、紺野だった。二人の男の間に割って入り、強引に喧嘩を止める。
「イタズラメッセージかと思ってたが、まさか本当だったとはな。
二人とも、聡子くんに対するストーカー行為はやめろ。この子が迷惑している。ましてや密室に連れ込んで暴行行為など!」
「あ? 何言ってるんだこのひゅろ野郎!」
「ストーカーはお前だろうが! 知ってるぞ、生徒会の立場を利用して脅迫してるのを!」
「何をわけのわからないことを――」
「おうおう。サッカー部のエース様は偉いねぇ。お前がストーカーしてるせいでこっちも同罪扱いだ。部室に殴りこんでくるとか、普通ねぇよ」
「脅迫野郎に言われたくねぇな!」
喧々囂々。目の前で繰り広げられる男達の口論に、赤川は口が出せないでいた。自分に向けられる温かい声とは違う。相手を許せないという攻撃的な声。
(なに……? なんで三人のセンパイが、ここにいるの……?)
授業中なのに蘇芳センパイと紺野センパイがここにいるはずがない。センパイ達の性格と行動範囲は全部知ってる。それがかぶらないようにスケジュールを組んで、三人共とうまく付き合っていた。今回も、ミスはなかったのに。
誰かがこのことを教えない限りはこんなことはないはずなのに!
三人のセンパイは互いの話を聞くことなくヒートアップする。自分を好いてくれる女性。オレの女。可愛い彼女。それを奪おうとする男は敵だ。その騒ぎは外に漏れ、先生が介入する羽目となった。
三人のセンパイと赤川は個別で先生と話し合う。第三者の立場は赤川が三股していたことをすぐに見出し、それらは三人のセンパイにも知らされる。
「何で教えるのよ! 勝手な事するな! センパイに嫌われるじゃないの!」
「頭を冷やすためにも現実を知ってもらう必要がある。事の原因が色恋沙汰なら、その詳細を教えないと熱も覚めんからな。
そもそも、三股するお前が一番悪い」
「なんでよ! なんでたくさんの人に愛されるのがダメなのよ! 愛されるために努力したのに! 私のことを好きになってもらうために頑張ったのに!」
私を愛してほしいから。私を好きになってほしいから。その努力を壊すなんてひどい!
だけどそれは自分勝手だ。愛される人間の事をまるで考えていないワガママ思考だ。それを何度もかみ砕いて説明したけど、赤川はまるで納得しない。
愛されない自分に価値なんてない。
誰かに愛されること以外に価値を見つけることなんてできない。
赤川は最後まで謝罪することはなかった。その態度を見て、処置無しと学校は判断。最終的に学校側は紺野と蘇芳の二名を暴力行為で反省文提出。部室を私物化して不純異性交遊を行っていた桜坂と赤川は停学処分となった。
この騒動はこれで幕を引くのだが、調書を行っていた先生は腑に落ちない所があった。
紺野と蘇芳の二人は、部室での行為を赤川からSNSで助けを請うメッセージを受けたからだと言っていた。第三者の告げ口ではなく、赤川本人からのメッセージ。そうでなければ我を失うほど興奮して部室に迫らなかったと言っている。
だが、赤川の立場に立てば三股はバレたくないはずだ。わざわざ騒動を起こすように二人を呼ぶ必要がどこにある? そもそもそのメッセージもログから消えている。赤川もそんな事するわけないとすごい剣幕で否定した。
仮にメッセージを送ったのが赤川本人ではないとすると『桜坂と赤川が行為に至るタイミングに合わせて』『赤川のアカウントを乗っ取り、紺野と蘇芳にメッセージを送った』誰かがいるのだ。
四人からはその人物の影すら見えなかった。四人以外の人物の気配すらなかったのだ。
結局、この先生はその可能性を否定。事件は終わったとばかりに忘れ、日々の業務に忙殺されることになる。
――私はそこまでしっかりと見て、先生の視界を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます