視点・緑谷
『赤川ってうざいよね。ヒス起こすし』
そんなメッセージが自室にいる緑谷の目に入った。差出人は柴野だ。赤川、緑谷、柴野、桃井の四人グループのルーム内での発言。
「え?」
緑谷が混乱している間に、そのメッセージは消えていた。メッセージに対して他の人は反応がない。最初は見間違いかと思ったが、もしかしたら違うかもしれない。
「どういうこと?」
緑谷からすれば、四人は仲良しグループだ。赤川をリーダーにして楽しんでいる。確かに最近赤川の怒りが溜まっていて大変だが、いきなりそんな愚痴るような間柄ではないと信じていた。
だけど、違うのではないか? そう疑問を抱いてしまえば、さっきのメッセージも幻覚じゃないのだろう。誰に愚痴ろうとしたのかはわからないけど、投稿先を誤って送信してしまい慌てて消したように思える。
誰かが柴野のアカウントを乗っ取り、自分しか見てないタイミングで投稿し、ほかの誰にも見られないうちに消したなんて思うわけがない。そしてSNSの会話が日常化している彼女たちにとって、そこでの会話は当人が言ったも当然だ。
「あいつ。何考えてるのよ」
緑谷は怒りの感情のままに柴野のアカウントに直接メッセージを送る。
…………
緑谷『ねえ、さっきの何?』
緑谷『赤川がうざいとかどういうこと?』
緑谷『メッセージ消したの知ってるんだからね』
緑谷『何とか言いなさいよ!』
…………
返事はない。こちらの事をブロックしているんじゃないかと疑うほどだ。イライラする緑谷は、桃井のアカウントに話しかける。
…………
緑谷『ねえ、柴野ってどう思う?』
桃井『いきなりどうしたの?』
緑谷『あいつ、赤川のことウザがってない?』
…………
桃井からの返事は遅かった。いつもならスタンプを返すなりの反応はあるのだが、そんな様子もない。相手の顔や姿は見えないけど、SNSでのクセや性格は熟知している。緑谷からすれば、今の桃井は『怪しい』と言う印象があった。
それも当然だ。今桃井のアカウントを使って会話をしているのは、桃井本人ではない。桃井本人は就寝中である。その間に、事態は進行していく。
…………
桃井『ねえ、いきなりどうしたの? なんかあったの?』
緑谷『あいつ、グループでそんなこと発言してすぐ消したの』
桃井『え? うそでしょ』
緑谷『ウソじゃない。あいつ、裏切り者だ!』
桃井『待ってよ。裏切るとか言いすぎじゃない?』
桃井『赤川がうざいと思ってるのは、私もだし』
…………
桃井からの返信に、緑谷は息をのむ。最初、見間違いかと思った。だけど何度も何度もメッセージを読み直し、その事実を受け止める。
…………
桃井『だって最近の赤川、暴れすぎ。センパイにかまってもらえないからって八つ当たり酷いとか思わない?』
緑谷『そうかもしれないけど、でも私たち友達じゃない! こういう時こそ支えあわないと!』
桃井『友達と思ってるの緑谷だけだよ。私も柴野も赤川のこと財布としか思ってないし』
…………
緑谷からの返信はない。ショックを受けているのか、それとも怒りで震えているのか。桃井のメッセージはここぞとばかりにメッセージを続ける。柴野と桃井の2人グループ内にある会話をなぞるように。
…………
桃井『あいつパパ活やってお金あるんでしょ? あいつと付き合うメリットなんてそれじゃん』
桃井『そのくせセンパイとイチャイチャしたいとか、どんだけビッチよ。柴野も言ってたけど、避妊大丈夫なの?』
桃井『夜の街でセンパイかパパさんととふけ込んでるのかわかんないけど』
桃井『どっちにしてもそこで楽しんでるんだから私達に当たるのやめてほしい。私達は赤川のサンドバックじゃないんだから』
…………
流れてくるメッセージ。それを見ながら緑谷は嫌悪感と同時に納得できる部分があった。
確かに赤川にはそういう噂がある。年上の男性と喫茶店で話しているところを見たという人もいる。センパイとの付き合いもそこでもらったお金だとか。――実際は血縁上の父親と親子の会話をして、親子としての小遣いをもらっているだけなのだが。
最近八つ当たりが酷いのも、すこし辛いと感じていた。白石と会話した後、その産苛立ちは日に日に増していく。赤川に白石でストレス解消しようと水を差したら、逆ギレされてしまいそれ以降触れられないでいた。
『私達に当たるのやめてほしい』
『私達は赤川のサンドバックじゃないんだから』
その気持ちは、緑谷にも確かにある。
…………
緑谷『でも、友達じゃないは酷すぎない? 確かに赤川にも悪い所はあるけど、そこは話し合っていけばいいじゃん』
桃井『じゃあ緑谷が言ってよ。私も柴野ももう限界だって』
…………
桃井の発言――発言したのは桃井のアカウントを乗っ取った誰かだけど――に緑谷は答えを躊躇した。最初に思ったのは、『なんで私に言うのよ』だった。そんなの自分で言えばいい。私を巻き込むな。そんな心境だ。赤川のヒステリーは緑谷だっていやだし巻き込まれたくない。
…………
緑谷『考えとく』
…………
明確に言うと言えず、そう返した。考えて、やっぱり怖いからやめた。そうやって誤魔化そう。明日になったら二人とも忘れている。そう、楽観的に考えた。
そんな心中を察したのか、返ってきた言葉は優しいものだった。
…………
桃井『ごめん、言いすぎたかも。緑谷もつらいもんね、忘れよ』
桃井『このグループも消して、なかったことにしよう』
緑谷『うん、ごめん』
…………
そうして緑谷はグループを出て、ルームを消す。ログは消えて、何もなかったと思いながら寝床に着いた。桃井のアカウントからも先ほどの会話はなくなる。朝起きた桃井がこの会話に気づくことはない。
しこりは残るが、波風は立たずに済んだ。ここで終わればそうなる筈だった。だけど、そんなことは許されない。緑谷の就寝を確認した後で、緑谷のアカウントが『誰か』に乗っ取られて動き出す。
発言するのは、4人グループのルーム。全員が寝ている間に、爆弾発言を落とす。
…………
緑谷『柴野と桃井が、赤川のことウザいって言ってた』
緑谷『赤川のこと、パパ活やってるサイフだって』
緑谷『オジサンと付き合ってるくせにセンパイとも付き合うビッチだって。妊娠大丈夫かって心配してた』
緑谷『白石虐めなくなってストレスたまってるのか、八つ当たりするなって』
緑谷『私も少し最近の赤川は酷いって思う』
緑谷『ちょっとやりすぎだから、謝ってよ。赤川』
緑谷『謝ってよ。赤川』
緑谷『謝ってよ。赤川』
緑谷『謝ってよ。赤川』
緑谷『謝ってよ。赤川』
緑谷『謝れ』
緑谷『謝れ』
緑谷『謝れ』
緑谷『謝れ』
…………
朝、目を覚ました四人はそのメッセージを見て驚愕する。
「え? なんで緑谷わたしらの愚痴知ってんの!?」
「まずっ! もしかしてログ見られた!?」
柴野と桃井は緑谷の発言内容の生々しさに。自分達が言った発言そのままであることに。
「え? なんで!? 私何も言ってないのに!」
緑谷は寝ている間にアカウントを乗っ取られ、言いたい放題言われたことに。
「…………っ!」
そして赤川は――
「だ、誰が、あいつらっ! 何時もおごってやってるのに!」
烈火の如く怒り、グループへの投稿を開始する。緑谷と柴野と桃井に感情をぶつけるために――
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