視点:白石・瞳

「ふふ、ふふふふふ」


 青木の動揺は、その視線を通じて私も見ていた。今朝まであったデータが消えて慌てふためく様。青木本人を見れないけど、その視点が右往左往する様はとてもおかしい。訳も分からず書類を確認したりするのは、何を考えているのかわからないだけに面白かった。


 少なくとも、外から誰かが入ってきたという考えには至っていないようだ。監視カメラを見ようともしない。どうやら内部犯を疑っているようで、視線はしきりと店員を目で追っている。


 疑いの目。怯えの目。目は口程に物を言う、とは言うが本人視点だとさらに伝わってくる。店員の挙動を見逃すまいとつぶさに観察し、近づかれたらその警戒度が高まる。わずかに距離を撮り、スマホを入れたズボンのポケットを守ろうと手を動かす。


 何あれ、面白い。


 青木の動きは見て飽きなかった。その動揺もその心理も。なにもかもが面白い。それが自分の行動の結果だということも拍車をかけた。これまで自分をいいように扱ってきたヤツが苦しむさまは、溜飲が下った。


 これで私が脅されることはもうない。ここまで動揺しておいて、実は私を映したデータがまだあるということはないだろう。念のために観察は続けるけど、ないものとみていいと私は思っている。


 私の勝ちだ。もう青木の言うことを聞く必要はなく、赤川に弱みを握られることはない。私は勝ったんだ。あいつらからもう虐められることはない。脅されることはない。そう思うだけで、全身の力が抜けて笑いが込み上げてきた。


 だけど、これで終わらせるつもりはない。終わらせてやるもんか。


 私がこれまで苦しんだ分を、今度はあいつらに味わあわせてやる。私が苦しんだ以上の苦しみを味合わせて、あいつらも苦しませてやる。だってそうしないと不平等だ。悪いことをしたんだから、罰を受けないと。


 それはやりすぎだ。私の良心がそう叫ぶ。もうこれで終わりにすべきだ。復讐なんて意味がない。


 冗談言わないで。私はそれを一蹴する。ここまで苦しめられたのに。それをなかったことになんかさせやしない。あの痛みも、あの涙も、全部なかったことにして許すことなんてできやしない。


 それはそうだけど。食い下がる私の人間ひとの部分。


 それはワタシが楽しいだけだよね。そう囁く人間わたし


 復讐を愉しむワタシ。苦しむ青木を見て嗤うワタシ。脅しに屈した赤川を見て嗤うワタシ。それは間違っていると人間わたしは言う。


 だけどワタシ人間わたしに問いかける。


 許せるの?


 冤罪をかけられ、大事にしていた処女はじめてを奪われ、女体からだを弄ばれ、心をなじられ、人として扱われなかった事。あの痛みを、苦しみを、侮蔑を、全部許せるの?


 思い出す。望まぬ行為を。奪われた様々なことを。刻まれた恥辱を、侮辱を、雪辱を、凌辱を。人間わたしはそれを許せるの? 許して何もかもなかったことにできるの?


「できない」


 そんなの決まってる。


「許さない。許せるはずがない」


 あの顔が、あの声が、あの手が、あの欲望が。私を辱め、汚し、苦しめたのだ。行為そのものが私の尊厳を壊し、行為後も物のように扱われ、その事を思い出しては涙を流す。そんな日々を過ごしたのだ。


「私をあそこまでしておいて、何の罰も受けずに日々を過ごすなんて許せるはずがない」


 悔しい。青木にされたことが、悔しい。悔しいに決まってる。許せないに決まっている。無かったことになんか、できるはずがない。たとえ溜飲が下ったからと言って、今までされたことをなかったことになんかできない。


「あいつは、もっと苦しむべきなんだ。許しちゃいけないんだ。だって、こんなに私は苦しんだんだから」


 そうだ、これは正しい事なんだ。悪いことをしたら、罰されなければならない。因果応報なんだ。悪いのは、青木なんだ。だから、あいつはひどい目にあって当然なんだ。人間わたしはそう納得する。


 そうよ。あいつはもっと苦しまないといけない。もっと哀れに、もっと無様に、もっと愚かに。奪って奪って奪いつくして、何もかもを失ってワタシを愉しませてほしい。


 ワタシは笑みを浮かべる。人間わたしは涙をぬぐう。


 手にするのはスマートフォン。画面に映るのは、青木のスマートフォンにあったSNSやゲームアプリ類。ブラウザには青木がよく使う買い物サイトやオークションのページ。


 その全てのパスワードを、私は『見て』知っている。登録用のメールアドレスとパスワード。全部同じにしている。二段階認証といったことをしていないのも確認済みだ。


 私はこれらのSNSやゲーム内において、青木を名乗ることができる。買い物やフリーマーケットで青木の名前を名乗って行動できる。クレジットカード番号も登録しており、そこからお金を使うこともできる。


 SNSを通して青木の信頼を落とすこともできる。ゲームのデータを消すことも、クレジットカード限界まで買い物することも可能だ。


 青木のSNSなどを使って青木の生活をかき乱す。方法はいくらでもある。青木のアカウントを使って声をかければ、それは青木が言ったことと同意だ。当人が知らずとも、当人が言ったも同然だ。


 青木が仕事をしていることを確認しながら、SNSを使って青木に成りすまして様々なダイレクトメールを送る。住所も職場も公開する。


 買い物サイトで私に使うはずだったアダルトグッズをキャンセルし、その代金で病院等に寄付をした。その記録を青木のSNSにあげておく。こちらも住所がわかるように無修正で。


 青木が仕事を終えてスマホに戻る前までにSNSの履歴は消す。買い物の履歴も、買い物の際に来たメールも消しておく。雑なやり方だけど、青木が気付いた様子はない。


「苦しめ、苦しめ。私が今まで受けた分、苦しんでしまえ」


 ワタシは嗤う。人間わたしは怒る。青木のこれまでを、そしてこれからを。


 壊れていけ、堕ちていけ、泣いて、もがいて、そして絶望しろ。


 人間わたしは、ワタシに染まっていく。

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