5.「正規の教授になりたいですかぁ?」

 僕が受け持つことになっているのは意味不明な講座だった。

 ていうかどっかで聞いたことがあるぞ。

 古典SFに出てきたんじゃなかった?

「アジモフだっけ」

「凄いですぅ。さすが矢代社長ですぅ」

 信楽さんが言うには僕以外の誰一人としてこの訳が判らない講座名を知らなかったそうだ。

「いや僕も偶然読んでただけで」

「それでもぉこのラノベ全盛の時代にぃ80年くらい前のぉ欧米SFを読んでる人はぁ稀少ですぅ」

 それはそうかも。

 ていうか信楽さんもよくあんな小説知ってたね?

「中学生の時にぃ図書館の小説はぁ全て読み尽くしましたぁ」


 さいですか。

 まあ百回近くも中学3年生やってたんだし。

 ええと、心理歴史学Psychohistoryって確か「銀河帝国の興亡」とかいう題の小説に出てくる架空の学術分野だったと思う。

 今で言うビッグデータみたいなもので、莫大な数の人間の行動を統計的に処理すると未来予測が可能になるという設定だった。

 その小説に出てくる数学者は銀河帝国の未来の歴史を心理歴史学Psychohistoryで予測して、何もしないでほっといたら滅亡した後2万年くらい暗黒時代が続くはずなのを、何とかしてそれを千年くらいに縮めようとするというような話だったと思う。

 まあ、戯れ言だよね。

 でもそんなあり得ない学問をどうして僕が教えなきゃならないの?

心理歴史学Psychohistory講座はぁ仮名ですぅ。適当な用語がなかったのでぇ、とりあえず拝借しましたぁ」

 酷い話だ(笑)。

 講師の欄を見たら僕の名前があった。

 僕だけだ。

 でも僕の肩書きが「特任教授」になってるけど?

「正規の教授になりたいですかぁ?」

「もちろん嫌だけど」


 そうか。

 どっかで読んだけど正式に教授とかになると教授会に出たりその他色々面倒な仕事が被さってくるんだよね。

 特任教授って定義はよく判らないけど、そういう面倒事から外れて好き勝手やっていい立場だったような。

「違いますぅ。特任教授だからといってぇ別に好き勝手やっていいわけではないですぅ」

「いや冗談だから」

 言い訳しながら紙をよく見てみると所属する学生が書いてあった。

 これって。

「高巣さんやアキラさんにシャルさんか。それに静村さんとかエンさんまでいるけど」

「いずれの方々もぉ、普通の教授やぁ講師にはぁ手に負えない人ですぅ」

 つまりこれ、矢代興業の中でも不可触アンタッチャブルというか扱いに困る人たちでしょ?

 それをまとめて僕に押しつけただけかよ!


「酷いじゃない!」

「仕方ないですぅ。王国や帝国の方々にはぁ貴顕を教えるとか無理ですぅ。黒岩専務にもぉ逃げられましたぁ」

 そこまで。

 でも変じゃない?

 それにしては静村龍神様さんや魔王さんまで入っているというのは。

 あの人たちは別に貴顕というわけじゃない気がするけど。

「静村さんなんか体育会系枠の方がいいのでは」

「それはぁ後でやって貰うかもしれないですぅ。静姫様やぁ末長ぬらりひょん先輩はぁ、むしろ矢代社長の守りのお役目がありますぅ」

 何と。

 そういえばこの二人も僕と一緒に海外回ってきたんだっけ。

 霊的防護の為だと言われたけど、結局静村さんたちは僕について回って観光しているようにしか見えなかったけどなあ。

 静村さんなんか日本を出たのは初めてどころか東京にすら行った事がなかったとかで大はしゃぎだったし。


「霊的な分野ではぁ色々あったみたいですぅ。私ぃにもよく判りませんがぁ、静姫様が言ってましたぁ」

 そうかなあ。

 あの神様も一緒になって遊んでいただけのような。

 まあいいか。

 学生リストには他の名前もあった。

 比和さんや宮砂さんも僕の講座クラスなのか。

「この二人はどうして?」

「お二人ともぉ宝神では講師側ですぅ。それはいいのですがぁ、学生として講座に所属していないとぉ学士資格が取れませんのでぇ」

 だから僕の所に。

 まあいいけど(泣)。


「それはしょうがないけど何で武野さんや鞘名さんまでいるの?」

 未来人は関係ないのでは。

「本人たちの希望ですぅ。他の専攻だとぉ働かなければならないとおっしゃってぇ」

 その点、僕の下なら大いにサボれると思ったらしい。

 何ということを!

 あの二人、大学を何だと思っているんだろう。

 遊び場?

「しょうがないですぅ。あの方々のご希望はぁ無条件で通りますぅ」

「それもそうか」

 何せ矢代興業の躍進はほぼあの二人にかかっているらしいからね。

 未だに金のタマゴを生み続けてくれているそうだし。


「あの方々がぁいるだけでぇ、大した元手いらずでぇいくらでもお金が沸いてきますぅ。あれこそ卑怯チートかもしれないですぅ」

「そうだよね。そういえば他の未来人って見つかってないの?」

 聞いてみた。

 信楽さんは渋い表情で言った。

「探しようがないですぅ。あの方達はぁ謎のパターン認識能力とやらを除けばぁ、どこにでもいる女子高生、じゃなくて女子大生ですぅ」

 そうなんだよなあ。

 もちろん中二病ではあるんだけど、その能力? は完全に受身パッシヴだ。

 外から見ている限りまったく関知出来ないんだよ。

 しかも矢代興業の中二病患者社員は普通それを隠そうとする。

 未来人も同じで外見や言動からだと全然判らないからなあ。


「広告とか宣伝しても駄目?」

「無理ですぅ。未来人募集とかぁ、何をどうするのですかぁ?」

 それもそうか(笑)。

 そもそも武野さんたちは、たまたま王国語や帝国語が読めたために向こうから接触してきたんだよね。

 未来人の知識や能力とはまったく関係がない理由だった。

 まあそれもいいや。

 未来人が増えても矢代興業の業績はあまり上がらない気がするし。


「その、心理歴史学講座の学生ってこれだけなの?」

 一騎当千というか濃い人たちばっかだけど。

 僕に何か教えられることがあるとは思えないんだけどなあ。

「まだ流動的ですぅ。ロンズデール先輩たちもぉ入りたがっているみたいですしぃ」

「ええ? だってあの人たち宇宙人でしょ? 探求部とかそういう所に行くんじゃ」

「サークルじゃないのでぇ、そんな講座は無意味ですぅ。むしろぉ自分たちがぁ講師になった方がいいですぅ」

 つまりその場凌ぎというか、とりあえず参加するかもしれないそうだ。

 迷惑な。


 しょうがない。

 覚悟を決めかけて気がついた。

 僕、どこに所属するのか聞いてないよ?

 特任教授はともかく学生にならないと学歴が高卒で止まっちゃうじゃないか!

「矢代社長の所属講座はぁこっちですぅ」

 信楽さんがホワイトボードの一番端にぽつんと貼ってある紙を指さした。

 どれどれ。

 経営学講座。

 講師は末長名誉教授。

 学生は僕だけ。

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